瑞    鳳    殿


【瑞鳳殿本殿】

瑞鳳殿は経ヶ峰の丘陵にある伊達政宗の霊廟である
政宗の遺命により2代藩主忠宗が創建した
住所 宮城県仙台市

手水所跡 浬槃門

瑞鳳殿の拝殿 瑞鳳殿の本殿

本殿左右には政宗の葬儀に先立って殉死した家臣15名と陪臣5名の墓 発掘調査による政宗の墓室。墓室は擬灰岩の切石47個で組み立てられ内部からは遺骸と共に30余点の副葬品が発掘されている

感仙殿。2代藩主忠宗の霊屋 感仙殿の左右にある忠宗に殉死した家臣12名、陪臣4名の墓

発掘調査による忠宗の墓室。遺骸と副葬品は石積で囲み玉石を敷き詰めた深さ165cmの石室に納められ中世に供養碑と考えられる板碑数枚が蓋石として利用されている 善応殿。3代藩主綱宗の霊屋

発掘調査による綱宗の墓室。忠宗の墓室とは違い石見積で囲んだ石室の内側に板材を組んで木室をつくりその間に石灰を詰めた二重構造の墓室で、遺骸と副葬品は常滑焼の甕棺に納められていた 無縫塔。綱宗が没した時には殉死禁止令が出されており、殉死に変わって14名の家臣が剃髪し百日間亡君の菩提を弔い、この時近習頭であった熊谷は出家し、没後遺骸は善応殿の南側に埋葬された

妙雲界廟。9代藩主周宗、11代藩主斉義とその婦人芝姫の墓がある。4代藩主以降は廟建築を廃し板石塔姿に雨屋のみで5代藩主吉村以降夫婦の墓を並列することとなった 公子公女の墓所(お子様墓地)。5代吉村、6代宗村、7代重村、11代斉義、13代慶邦までの若くして死去した公子公女が埋葬されている

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