耳  塚


【供養塔】

豊臣秀吉が朝鮮半島に侵攻した文禄・慶長の役のとき、戦功のしるしである首級のかわりに朝鮮軍の鼻や耳をそぎ塩漬けにして日本に持ち帰った
秀吉の命によりこの地に埋められ供養の儀がもたれ、これが耳塚のはじまりである
一説では方広寺の鋳型を埋めたともいわれている
住所 京都府京都市東山区

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