万    松    寺


【 墓 】

万松寺。正式には亀岳林(山)万松寺という
天文9年(1540年)織田信秀が織田家の菩提寺として万松寺を開基、開山には信秀の伯父大雲永端大和尚を迎えた
この寺は色々なエピソードがあり、家康が6歳からこの寺で2年間暮らしたこともあり、名古屋城築城時には加藤清正が宿舎としていたこともあった
一番の有名な話は、信長の父信秀の葬儀がこの寺で盛大に営まれたがこの時焼香に来た信長は茶筅まきの髪、腰に荒縄の帯、長束の太刀と脇差をさし、焼香では抹香を大きく手づかみするなり信秀の位牌に投げつけたという話は有名である
住所 名古屋市大須3丁目

身代わり不動明王。元亀元年(1570年)5月信長が越前朝倉を攻略した帰路に琵琶湖の北千草越えの時杉谷善住坊という鉄砲の名手に狙い討たれたが、2発に銃弾は信長が懐中にしていた干餅に当たりかすり傷のみであった。餅は万松寺の和尚からもらい受けたものであったという 織田信秀公廟所碑

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