鳴    海    城    

【城 址】
別   名根古屋城
所 在 地名古屋市緑区鳴海町
築城年月応永元年(1394年)
築 城 者安原備中宗範
主要城主岡部氏・佐久間氏・山口氏
城郭様式平城
遺   構城址碑

鳴海城は東西135m×南北61mの城です

安原備中宗範は足利義満の幕下で当地を領していた

初めこの城を支配下に置いていた織田信秀は山口左馬介義継を城主として入れ守らせた

信秀が死ぬとその息子信長は大うつけとの評判が高く、山口左馬介義継は織田氏を見限り今川方に寝返った

怒った信長は鳴海城に押し寄せたが攻略できなかったため、スパイを今川氏の本拠駿府に潜入させ山口左馬介義継が今川方に寝返ったのはいつわりだという噂を流させた

今川義元は山口左馬介義継を駿府に呼び寄せ切腹させてしまった

義元は代わって猛将岡部元信を鳴海城主として派遣し、永禄3年(1560年)上洛軍を起こし尾張に侵入を開始した

信長は善照寺砦に入り部将の千秋季忠・佐々政次・岩室重休を鳴海城攻撃に向かわせたが、猛将岡部元信は織田方を一蹴し千秋季忠・佐々政次は討ち死にした

怒った信長は自ら鳴海城を攻撃しようとしたが、今川義元が桶狭間で休憩中との報告を受け急拠桶狭間に向かい義元を討ち取った

勢いに乗った織田軍は鳴海城に押し寄せたが、岡部元信は必死に防戦し城はなかなか落ちなかったので信長は義元の首と引き替えに城を明渡すよう交渉し岡部元信は主君の首を受けとり駿府に引き上げていった

考察・感想
この城は駅から近くて攻城しやすい場所にあった
近くに鳴海城跡公園があったが行くことができなかった
ひょっとしたらなにか遺構があったかもしれない?
駐車場
目標物
鳴海神社
アクセス
名鉄名古屋本線の「鳴海駅」を下車し、左に行き最初の道を右折し県道214号に入ります
そのまま進むと右側にあります
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鳴海城址碑です 説明用看板です

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