都    於    郡    城    

【城 址】
別   名浮舟城
所 在 地宮崎県西都市都於郡町
築城年月建武4年(延元2年、1337年)
築 城 者伊東祐持
主要城主伊東氏・島津氏
城郭様式山城
遺   構空堀・郭

6代目伊藤祐持が足利尊氏に従い武功をあげこの地を賜り初代城主となった

2代目伊東祐重が山城として改修した

10代目伊東義祐のとき、天正5年(1577年)に島津氏との戦いに敗れ島津氏の所有となった

天正15年(1587年)島津氏は豊臣秀吉に降伏し、この都於郡城は佐土原藩の領地となり元和元年(1615年)1国1城令で廃城となった

考察・感想
駐車場から違う方向へ最初歩いてしまいました。皆さん 気をつけましょう
ここは感動物の城址です。独立した丘がひとつひとつ郭となってます
深い 深い 堀 もう最高な城址です
縄張は本丸、二の丸、三の丸、西ノ城、奥ノ城の5つの郭からなっておりこれが内城で、南ノ城、中尾城、東ノ城、日隠城などの外城があります
駐車場
専用無料駐車場有
目標物
城址公園
中馬場土塁です 中馬場跡です

大手虎口です 城址碑と本丸です

伊東マンショ像です 伊東マンショ生誕地碑です

本丸土塁です 本丸と二の丸間の堀切です

二の丸土塁です。二の丸は本丸の西側に位置し5郭の中で最も古い時期に築城された。本丸が二の丸より低い位置にあることから中心的な戦略拠点となっていたと思われる 二の丸と三の丸の堀切です

三の丸です。西北端にあり三方断崖をなし、山麓には三財川が流れ自然な外堀となっている。伊東氏48城と連絡するため狼煙台があったと推測されている 西ノ城です。三の丸の南隣にあり別名斥候城とも言われている

本丸と奥ノ城間の堀切です 奥ノ城土塁です。奥ノ城は城主一族の大奥として奥方や待女はじめ家族の住居があった

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