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 □真如苑・青年向けサポートブック ザ!真如苑 その3 [725]-[736] より

Q:接心とはなんですか?

A:真如苑の魅力はなんといっても、接心修行だよね。
不思議でわかりやすいし。興味がある。

B:接心は、占いと違って興味本位でいただくものじゃないわ。霊能者によって、
  客観的に自分自身を映し出してもらい、自分では気づかない心のクセを教えてもらうの。 自分自身を見つめる修行よ。

C:そうだね。僕達の日常は、自分の心によって決まることが多い。 ちょっとしたことに執われていたり、マイナス思考におちいったり。
  でも接心を何度も頂いていくと、自分の心癖がわかったり、また良いことをも分かったりして、
  社会の役に立つお仕え人になれるんじゃないかな。

A:そう言えば僕は、接心をいただくようになってよく祈るようになったんだ。
  たとえば自分の欠点を指摘されると、以前の僕ならプンプン怒ってしまっていたのに、
  接心で怒りっぽい性格が周りの人と壁を作っていると教えてもらってから、怒らないように努力しているんだ。
  自分の悪いところを指摘してもらってありがたいって感謝ができるようにね。

B:無相接心しているのね。

C:霊能者を前にして実際にご霊言をいただく有相接心に対して、いただいたご霊言を
  日常の生活にいかすことを無相接心と言うんだ。
  日々の出来事に、感情や知識のみによって振り回されず、そこに一呼吸置いて、双親様、両童子様を祈り本当の意味を発見する。
  すると常に、心の中で仏様とつながることができるんじゃないかな。 すべてがありがたいと思え、生きる意味を見出すことができるかもしれないね。

Q:なんでお袈裟をするのですか?

A:あの紫のお袈裟を、みんなつけてお参りしている姿には抵抗があるよね。

B:私は全然平気よ。
慣れてしまったのかしら。

A:初めて「これつけて」って言われたときは、正直「えっ!」て思ったけどね。

B:
そういう人もいるのね。 でも、お寺の住職さんは似たようなお袈裟をしているじゃない?

C:お袈裟は修行者がつけるものなんだよ。
  私達は、真如苑で心を磨きたいと集まっている。仏様の教えを、在家のまま実践しようとしている。
  だから教えを聞くときは仏教者の格好、つまりお袈裟をつけて学んでいるんだ。

Q:家は○○宗を信仰しているのですが・・。

A:お盆になると、祖父ちゃんちに行ってお墓参りして、水施餓鬼の法要に参座して、結構うちは忙しいよ。
  元旦も去年なんか、町内会の役員が回ってきちゃって近所の神社で掃除があったり、
そのあい間をぬって、元旦会に帰苑したんだ。

B:地域社会の活動へ積極的に参加してるなんて感心しちゃうわ。まさに「和合摂受」に取り組んじゃってます!みたいな。
  でも、菩提寺と真如苑とで、二つの信仰してるみたいで、本命はどっちなんだろ?って思うことはないの?

A:たしか、教主様のご親教で「先祖を代々守ってくれる菩提寺は大事に。」って聞いたことがある。
  それに祖父ちゃんは苑には行かないけど、菩提寺にはちゃんと、お墓参りに行くんだ。
  祖父ちゃんの信仰する気持ちも大切にしてあげたい。 ところで、海外の人はどうしてるの?キリスト教をすてて真如苑に来ているのかな?

C:海外の方は、キリスト教も大事にしている。フランスの斉燈護摩道場には、昔からある教会が
  現地の方のために保存し、
真如苑の教えに結ばれてたことを、イエス・キリストに感謝してます、って言ってる人もいるんだよ。

A:僕は、元旦に初詣に行ったり、お彼岸やお盆にお墓参りをする。
  クリスマスにケーキをみんなで楽しく食べる。どれも素晴らしい習慣だと思うんだ。 日本人の寛容な国民性があらわれてると思うよ。

B:代々○○宗の信仰をして、お盆などにお墓参りをしているのなら、同じ仏教の真如苑で
  信仰を磨いて、大般涅槃経を信仰すれば、ご先祖様は更に喜ばれるんじゃないかしら。

C:涅槃経は大海の教えで、全てを包み込み、受け入れる。いわゆる諸教摂受だよ。
  だから、先祖代々の信仰や他の宗教も、融和の精神で分かり合えるように努力していきたいね。

Q:真如苑はカルトではないのですか?

B:宗教って聞くとすぐカルトを連想しちゃう人がいるよね。

A:たしかにいくつかの宗教団体がいろんな社会問題を起こしているから、みんなが
  ”宗教団体=カルト”って思っているのもしょうがないよ。だいたいカルトって何なの?

C:カルトというのは、過激で異端的な反社会的な宗教集団のことだよ。例えば

  多額の寄付金を強要したり 人権を侵害しマインドコントロールして常識的な判断をさせなくして、反社会的な行動をおこすんだ。

B:セミナーを開いて、社会への憎悪や終末観をあおってるって聞いたことがあるわ。

C:たとえば、国が自分達を攻撃しようとしてるとかね。そこからしばしば事件などをおこすんだ。

A:
じゃあ、真如苑はまるでちがうね。

B:真如苑は、世間ばなれしていないよね。しゃかいとかの融和とか、社会貢献とかに積極的だし。

C:真如苑の教えは、「社会即道場」だから。家族や友人、周囲の方を大切にして、
  一人ひとりが世のため人のために、社会に役に立つ人になるのを目的にしている。

B:そして、他の宗教とも仲良くしていこうと取り組んでいるわ。ヨーロッパのキリスト教の教会で、
  古楽器の演奏と共に真如苑の声明衆がお経をとなえる公演をカトリックの方々と協賛して開催したわ。
  法律でカルト規制が厳しいフランスでも、真如苑は正しく仏教として認められているから、斉燈護摩もできたのよ。
  ヨーロッパでは、火を焚いて拝むってことはキリスト教的宗教ではないのに真如苑はカルトではないって フランス国家が認めたんだから。

A:国が認めたから正しいとか、正しくないというのは意味が無いと思うよ。
  正しいかどうかを国が判断するのはナンセンスさ。戦争中は、日本は神の国って教えられてたんだから。

B:それは昔の話しでしょう。今は、民主主義の時代よ。

A:でも、いくら真如苑が間違っていないと主張しても、中には家族や友達、
  社会的責任についていい加減になっている人もいるんじゃないかな。マナーが悪かったり。

B:そうね、いくら真如苑が正当な仏教ですっていっても、一人ひとりの行動が常識ハズレだと、カルトと呼ばれてしまうかも。
  だから、周りから信頼される人にならなくっちゃ。私達一人ひとりの行い一つで、正しい教えも間違った教えと判断されることも
  あるんだから。

Q:真如苑についてインターネットで悪く書いてありましたけど・・。

A:インターネットの掲示板って、言いたいことを書きまくりだよね。

B:自分の名前を明かさないで、匿名で公開しちゃうから責任のない発言もめだつわね。

C:これは一つの社会現象だよね。それが、新聞や雑誌などのマスコミと同じように影響力を持とうとしているね。
  でもよくみていると批判中傷が多くないかい?

B:そうね、真如苑だけでなく他のどんな教団も、そして企業もひどい書き込みがされていることを考えると、
  あまり気にすることはないんじゃないかな。

A:そんなことないよ。真如苑に誘われたら、インターネットで調べる人も、最近とても多いんだよね。
  それに、火のないところに煙はたたない。そう言われるだけの事があるんじゃないの。
  一つの事には、色々な側面があるからね。お賽銭箱があるだけで、金集めって言う人もいるくらいだから。

C:そうだね。書き込みの中には、真如教徒のマナーが悪いって言う人もいる。
  これは、反省しなくちゃいけないと思うね。

B:それに、人間関係の中で、自分の思いがくみ取られなかったり、疑問に答えてもらえず納得できなかった
  不満なども書き込まれているわ。 よく話しを聞いて、ていねいに答えてあげることも大切だと思うの。
  ところで、A君はこの教えに結ばれたとき、インターネットで調べたの?

A:
そんなことはしなかったよ。それ以上に導親さんが親切だったしね。
  やっぱり、真如苑の教えは、優しく温かい教えだと思うんだ。
  僕の場合は、導親さんがしつこく誘うから仕方なく行ったのがキッカケだけど、
  でも基本的には経親さんも変な人ではなかったし。イヤだったら辞めればいいって言われたけど、続けていくつもりだよ。

C:結局みんなインターネットで書かれていることより、自分で見て、自分で考えて判断しているんだね。
  僕達も、周りから頼りにされる真如教徒にならなくちゃ。

Q:新興宗教ではないと聞いたのですが・・。

A:新興宗教ってなんですか?

C:新興宗教っていうと、宗教として軽いような、だまされるのではないかというイメージがあるけど、
  本来の意味は、ここ百年前後に生まれた宗教のことだよ。

A:じゃあ、昭和十一年に立教された真如苑も、新興宗教だね。

B:
違うわよ。教主様は、伝統ある真言密教をきちんと受け継がれているの。だから、新興宗教じゃなくて、伝統ある仏教なのよ。

A:伝統仏教なら、なんで髪の毛があるの?真言宗のお坊さんはツルツルだよ。

C:修行中の教主様は、出家されて髪の毛を剃ってらしたんだ。でも、大般涅槃経に真実の救いがあることを発見されて、
  涅槃経が説くように、出家も在家も救われる真如の教えを打ち立てらた。
  涅槃経を所依の経典にしてから、髪の毛を伸ばされたんだよ。もちろんそれからも、さらに厳しく修行をされた。
  大事なのは教主様が、従来の伝統も踏まえて真実一人の救いにかけられたってことだ。

A:でも、昔からあるお寺のほうが、いいような気もするけど。

C:確かに、何百年も前からあるお寺は新興宗教じゃないし、歴史の教科書にあるようなお寺に
  お参りに行ってきたと人に言っても、恥ずかしい感じはしないよね。
  でも、仏教そのものも、二千五百年前のお釈迦様の時代は新興宗教だったんだよ。

B:え!そういうこと?

C:お釈迦様の時代は、バラモン教が伝統的な宗教だったんだ。でも、お釈迦様は真理を求めて修行し、ブッダとなられ、仏教を広めた。
  それは新しく画期的な宗教だった。日本でも、鎌倉時代に仏教を庶民に広めた日蓮宗の日蓮や、
  浄土真宗の親鸞らもその時代では新興宗教だったんだよ。
  苦しみを滅する道を発見されたお釈迦様も、教主様が修行された真言密教も、その時は新興宗教だったんだ。
  ただ言葉の印象だけで判断するのは、おかしくないかい?
  宗教とは、過去からつながる伝統をきちんと受け継ぎ、変化する時代に即応して人々を救っていくものだと思うな。

Q:真如苑ってお金がかかるの?

A:真如苑の精舎って立派だし、お金もかかるんじゃないかな。

B:そうよ。会費としての苑費が月二百円かかるわ。そのほかに、先祖供養や護摩での祈願、
  摂心修行などの希望をおてん供で
申し込むことができるの。

A:やっぱり、お金がかかるのか。でも、まっ、
二百円か。

B:そりゃそうよ。だって、建物の電気代だってだれかがはらわなくちゃいけないんだし。
  まったくかからないことはあり得ないわよ。精舎は真如教徒みんなのものだから、みんなで支え合わないとね。
  自分の好きなことに使うお金を考えると
二百円はそれほど多いとは、私は思わないわ。

A:それはそうだね。でも寄付をしないと肩身が狭いといったことはないの?

B:じゃ、今まで強制的な寄付や、ノルマが課せられることがある?
  もちろん救われた感謝のまごころを込めてお布施をする人はたくさんいるわ。
  でもそれは、言われたからではなく、自分から願って行うものよ。だって仏様は、まことしかお受けにならないのだから。
  惜しみ心ではお受け取りにならないのよ。

A:僕は、一生かかっても惜しみの気持ちはなくならないかもね。

B:それは苦しみのもとだわ(笑)

A:僕は、そんなに苦しくないもん!!

C:まあまあ。お金は、人を喜ばせもすれば、悲しませもする。人生に大きく関わりをもつものじゃないかな。
  だからこそ、昔から積み重ねた人の念(おもい)も集まってくるんだろうね。命の次ぎに大事なのはお金だって言う人もいるんだ。
  
そのお金を、仏様に使っていただく。
  「一寺建立すれば七族天に昇る」っていって、七代の子孫が救われると昔から言われている。
  僕らがこうして涅槃経を歩めるのも、先祖の積んでくれた徳のおかげだと思うよ。

A:そーっか。だから、お金の話をするとカァー!となってしまうのかな。

C:仏様や神様には最高のものをお捧げする。それが宗教のありかたじゃないかな。
  キリスト教の教会やモスクは、どれも素晴らしいでしょ。これを荘厳というんだ。
  救われた歓びを形として表現したい。そして、これから教えを求める未来の人に、教理だけでなく、
  神聖な場所で祈りを捧げることを荘厳を通して伝えたい、という真心の表れだと思うよ。

B:真如苑は、社会貢献として恵まれない子供達の支援にも積極的に取り組んでいるのよ。
  もちろん、お金だけでなくってボランティア活動、環境保護問題にも取り組んでいるの。

A:そっか。なんだかそうした話しを聞くと、
僕の歓喜も社会貢献として恵まれない子供達の役に立つんだね。
  そしてこれから教えに結ばれる方の信仰のお手伝いができると思うと、七族天に昇るじゃないけど、
功徳が積めるような気がするよ。

B:お小遣いのなかで、
できる範囲でいいのよ。なにも身ぐるみはがして全財産差し出せって訳じゃないんだから。
  救われた歓びと、み仏に捧げるまことが大切だと思うわ。








 【総 評】

 

>社会の役に立つお仕え人になれるんじゃないかな。
世間よりも他教よりも上である という教義なので、実際は
傲慢で 謝罪しない信者が多いですね。

>双親様、両童子様を祈り本当の意味を発見する。 すると常に、心の中で仏様とつながることができるんじゃないかな。
元来仏教では 釈迦を祈る修行は 「無い」ですね。

>そのあい間をぬって、元旦会に帰苑したんだ。

元旦からのカルト参拝は大変危険です。 被信仰者がここに違和感を感じない場合は、近親者はそれなりの覚悟が求められます。

また、その「あい間」がカルト精進に消えてしまえば、「自分の進む道についてゆっくり考える」ことも出来ません。

カルト信仰とは、「あたかもジェットコースターに乗っているようなものだ」と言われています。 (言うまでもありませんが、

ジェットコースターからの途中下車は できません)

 

>カルトというのは、過激で異端的な反社会的な宗教集団のことだよ。
最近では 邪悪さはそのままに 「円満なカルト」が多いですね。

>真如苑はカルトではないってフランス国家が認めたんだから。
認めていないですね。そして 国が認めたから正しいとか、正しくないというのは意味が無いと思います。

>そうね、いくら真如苑が正当な仏教ですっていっても、
自分で正統だ、と言っても 詐欺的要素が多いと駄目ですね。

>一人ひとりの行動が常識ハズレだと、カルトと呼ばれてしまうかも。
教団指示が常識ハズレですので 信者の責任ではないですね。 もちろんそんな組織に属する本人も問題です。
そして「カルト」と呼ばれるのは 「カルトマインドコントロール」をしているからですね。

>でもそれは、言われたからではなく、自分から願って行うものよ。だって仏様は、まことしかお受けにならないのだから。
これも間違いですね。 試しに出した献金が何度も受け付けられています。

>仏様や神様には最高のものをお捧げする。それが宗教のありかたじゃないかな。
献金は 総額1人1000円まで と設定すれば良いかと思います。

>キリスト教の教会やモスクは、どれも素晴らしいでしょ。これを荘厳というんだ。
信仰はまことの心が大事なので 型ではないですね。   やれやれ。 真如苑さん 頑張ってくださいね。











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