リハビリ体験記【長崎日記・二十年の夏】 …前編…
★平成20年7月3日より9月6日まで長崎県・諌早クリニックにて、約70日を過ごす。★
平成20年7月3日(木)晴れ気温30度。
朝五時三十分起床。いよいよ今日は、長崎行きの日となった。
朝食を途中でとることにして出かけるための点検をする。

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スライドショウの開始
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★入院手続き後いろいろ説明あり、病室内で力富直人院長から聞く。
★普通の診療所と違い、リハビリに必要な器具類が所狭しとセットしてあり、小型病院といった感じだ。酸素も処々方々にあってカニュウラさえ差し込めばいつでも酸素が取れるということになっており、さすがは呼吸器リハビリの専門施設という感じだ。
★2日目、早々と院長がきて、呼吸器の低下する仕組みや、なぜリハビリが必要なのかを絵を使いながら事細かに説明をしてくれた。大変わかりやすく、よく理解できた。
★パルスオキシメーターの数値が八十台になることがどんなに怖いことかを痛切に感じられた。これでは、もうカニュウラは外せなくなったと思わなければならないようだ。
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★午前中の最初のリハビリに入る。一通り、これからのリハビリ訓練について、説明を受ける。約1時間30分からだのこなしや、マッサージを受ける。
★午後から2回目のリハビリに行く。小生担当の理学療法士の北川さんといろいろな話をする。
★力富院長が、昨日の採血の結果を説明してくれる。いろいろなところが人間並みになっていないような値らしい。
★13年前に村上前会長さんと一緒に、この病院を待ちかねて入院したという地元の山口さんと会い、山形の吉田さんの話題も出て、ひとしきり話題に花が咲いた。その当時、前村上会長はカルテ番号1号だったという。
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★リハビリは、まず体操から始まる。お決まりの準備体操のようなものと考えていいか、約30分、休み休みゆっくりと終わった。
★筋力計で足の筋力を測定する。普通の人の半分程度、我も落ちたりか。マッサージをしてもらい、帰室する。
★小生担当の北川さんは、黒澤先生や田作さん、仙台もよく知っており、黒澤先生がこの月半ばに長崎に来ることも知っていた。シンポジュウムがあるようだ。
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★北川理学療法士とともに千住先生が見舞いに来られ、久しぶりの顔見世となった。早く全国的にこのような施設が出来るといいね。などと話題は尽きない。
★力富院長がやってくる。浮腫みが取れていることを喜んでいた。たぶん心臓の負担も軽減したんでしょうといっていた。そのうちエックス線もとってみましょうと。大変ありがたい。院長が、動脈血も採取した。改善のあとが、顕著に現れているので喜んでいるようだ。院長8時ごろきて動脈血変わりなしと伝えてきた。
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★今日は、体重測定の日だ。先週は五六・六キログラムだったか。変わりなし。
★食事を何とか食べられるようになったら、足の浮腫みもなくなっていく身体の仕組みがなんとなくわかったような気がして、自分でほくそ笑んでるところだ。そういえば、水もほしがらなくなったなと思う。これも塩害の仕業かと一人で納得しているところ。
★午前のリハビリに向かう。ダンベルを1キログラムにしましょうということになった。さすがに重い。3パターンの2クールは少々重たい。
★最後に歩行訓練も、呼吸法との組み合わせで練習。2・3パターンとなった。
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★味が慣れてきたのか、塩分がそんなに低いと思わなくなってきた。昼食もそれなりに食べられるようになった。
★1週間経過、やや慣れてきたせいか、足のむくみが取れてきたようで、しわしわが目立ってきた。看護師に、減塩の効果ですよといわれて、食事が甘いといえなくなってしまった。
★今回、長崎にきて、今のところ、三点大きく学んだようだ。
@酸素の基本的な扱い方とその注意点。
A呼吸器リハビリの考え方であり。
B塩との付き合い方である。
これらについてはいつか、きちっと記録しておく必要があると思っている。
★午後2時ごろベッドで休んでいたら、突然黒澤先生が尋ねてきてくれた。長崎に来るとは聞いていたが、まさか見舞いにきてくれるとは思ってもいなかったのでびっくりした。
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★院内を少し散歩した。酸素を引きずりながらの散歩はやはり、なかなか不便で、そう多くを望むのは無理のようだ。家へ帰ってからのやり方を考えないと。山形の吉田さんみたいに、背負うのがいいとは思うが、背負うのに耐えられるか少々心もとない感じだ。
★足の錘上げ運動を機械でやる運動が、今日から始まった。はじめ、負荷のかからない運動から始まった、徐々に、負荷をかけていくのだろう。午後から、彼女はいないという。ノルマをこなせといいおいて午前の部を終了した。
★来長後、はや、3週間を過ごした。早いというか、ようやくというか、微妙な心境になっている。それにしても、やはり、東北と、九州の違いがなんとなく身体で感じられ、こんなところから、食事なり、方言なりが生まれてくるのだろう。今もってこちらの人の話していることが、もう一つ解らない。ただただ、首を振っているだけ。
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★リハビリの中の歩行訓練のときに、酸素を2リットルにして訓練したら、割合楽に訓練が出来たので、今後訓練中は二リットルになるかもしれない。
★人間の機能なんてうまく出来ているものだ。からだのそちこちが、柔らかくなったようだ。手足の動きが、楽になってきたかなというところ。
★午前にフルコースをこなしたので、午後は、体操と歩行訓練でオーケーということになった。歩行訓練が、段々と楽になってきたかなというところ。
★午後のリハビリで一リットル六分歩行をやったが、やはり一リットルは、相当きついようだ。終わったら、少々へばった。やはり歩くというのは特別のエネルギーを使うものらしい。
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★午後のリハビリで、ここのクリニックに来るときの上り坂を登ってみましょうということで恐る恐る歩いてみたら、案外いけた。1回だけだが出来そうだ。折り返し点までは順調と見た。
★リハビリの最後の歩行訓練で、後半少しばてて、4回目に88に下がってしまった。途中で休憩したが、調子が悪いせいか。
★午前のリハピリメニューをほぼ予定通りこなしたが、やはり歩行2回目で、4周で80台に下がった。6周したが、まだまだ訓練が足りないようだ。
★検温がきた。着替えのため、カニュウラをはずしていたら息切れか強くなった。八八になったという。ちょっとの間なのに。典型的なHOT患者になったようだ。

★体重は55キロと替わらないが、水分が減り、体脂肪がその分をカバーしたような感じで、結果的には、3キロぐらい増えたことになるんではといっていた。肺活量も変わらないが、能力は良くなったようだと。
★院長がきて、午後からの肺活量や、6分歩行の結果について説明あり。
特に六分歩行は後半の下がり方がおかしいといって今日もう一度挑戦ということになった。酸素慣れになったのかもしれない。
酸素を外すと、酸素以前よりも息切れ頻度が、多くなりそうな気がする。
…つづく…

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