「第二話:船出」
その船はあたしには牢屋のように見えた。
見た目は清潔な白い船。
でもあたしはこの中に閉じ込められて、男の相手をさせられるんだ。
今まであたしの経験は8人。
遊んでる割には少ないと思う。
一夜の関係だってあったけど、でも数えられる人数でしかない。
これからは数えきれない男とやらなきゃいけないんだ。
さっき財布も携帯もバッグも取り上げられた。
これからあたしに待ってる生活は、考えたくもない。
なんであたしがこんな目に遭わないといけないんだろう。
マサキはいいよね。
あたしのお金でさんざん遊んで、借金は返さずにバイク事故。
あたしも死んじゃえばよかった。
そうしたらこんな目に遭わずに済んだのに。

あたしに与えられた部屋は、部屋とも呼べないようなところだった。
船員室の並ぶ一角にある、小さな空間。
あたしのものはマットレス一枚だけ。
服も何もない。
食べ物は船員が運んでくるらしい。
明日の朝の出港までのんびりしていろ、と言われたけど、とてもそんな気分になれない。
シャワーもないこんな部屋で何をしていろって言うんだろう。
怒りがこみ上げてきた瞬間、カーテンが開いた。
「ふん、今回の女はこれか。
まあまあだな。」
「誰?」
「そんな気易く口を聞いていいのか?
俺はお前を船から放り出すこともできるんだが。」
「どちらさまですか?」
「そうだ、それでいい。
おれはこの船の船長。
出港前に味見できるのが役得ってわけだ。」
「味見、ってなんですか?」
「とぼけてるのか?
それともお前は馬鹿か?
ああ、馬鹿なんだろうな。
借金のカタにマグロ漁船に売られてくるなんてな。
味見っていうのはこういうことに決まってるだろう。」
その男はいきなりあたしの服を乱暴に脱がす。
抵抗したかったけど、一枚しかないこの服を破られたら困る。
あっという間にあたしは裸にされていた。
「ふん、こんなものか。
前の女の方がいい体をしていた。」
本当にこの男は船長なんだろうか。
失礼なことを偉そうに言うこの男が。
でもあたしにはそれを確かめることができない。
この男に逆らって、もし本当にこの男が船長だったら困る。
「どうした?
何か言えないのか?
可愛げのない女だな。
それとも本当に馬鹿なのか?」
偉そうに上から見下ろされ、あたしは唇を噛む。
「なんて不細工な表情だ。
少しは媚びろ。
お前は自分の立場がわかってないのか?」
どうしようもない嫌悪感。
きっと顔にも出ている。
「生意気な顔するな。」
いきなり頭を殴られる。
「痛いっ!」
「痛い、じゃないだろう。
謝れ。」
「なんで…」
「お前はなんでこの船に乗っているんだ?
借金を返せなくて売られてきたんだろうが。
だったらお前のするべきことはなんだ?
喜んで私のものをしゃぶるぐらいしろ。」
この男はあたしを下に見ているんだ。
わかっていたことだけど、あたしはこれからこういう目に遭い続けるんだ。
泣きたくなった。
けど、涙が出てこない。
泣いたってどうにもならない。
もっと酷い言葉を投げつけられるだけ。
あたしにもう選べる道はないんだ。
この船に乗せられた時から。
「ごめんなさい…」
「口先だけか?
態度で示せ。」
この男はどこまであたしをつき落とせば気が済むんだろう。
けど、そんな風に思ってることを知られちゃいけない。

やるしかないんだ。
耐えるしかないんだ。
もう、戻れないんだ。

まぶたを開いたまま、目を閉じる。
何も見ないように、感じないように。
それから思い切って男のパンツのファスナーに手をかける。
上から見下ろす視線を感じないようにしながら下着も下ろす。
その瞬間日本人らしくない体臭が鼻を刺す。
マサキはこんなじゃなかった。
けど、そんなことを思ってもしょうがない。
思い切ってそれを口に含む。
何も感じないように、必死に自分をマヒさせながら。
「ふん、下手糞だな。」
えらそうな口調にももう怒りすら感じない。
ただただ、諦めていく。
早く、早く出してほしい。
そうすれば解放される。

しばらくそれをしゃぶっていると急に口の中を苦味が満たした。
ああ、終わったんだ、と少し安心する。
「これで終わったと思うのか?
まだ夜は明けないぞ。」
そんなあたしの考えを見透かすように、声が降ってくる。
それと、絶望。
いきなり胸をわしづかみにされてのけぞる。
「貧相な胸だ。」
そんなに小さくはないのに。
あたしは太ってないしいわゆる巨乳でもないけど。
「こんな貧相な体じゃ航海が終わるまではもたないだろうな。」

あたしは死なない。
船を降りるまで死なない。
絶対元の世界に戻ってやるんだ。

結局明け方まで男はあたしの部屋であたしの体を弄んだ。
暗い船室では明るくなったこともわからないけど。
部屋を出ていく時、また馬鹿にしきった表情で男は言った。
「あっちの女にしておけばよかった。
お前ハズレだ。
まあ明日からいろんな男の相手をしていれば少しは上手くなるだろう。
航海が終わった時まだ生きていたらまた抱いてやるとしよう。」
なんで、なんでこんなことを言われなきゃならないの。
あたしは借金をした。
ただそれだけなのに。
なんであんな男にこんなに馬鹿にされなきゃならないの。
あんなこと言われて逆らえないなんて。
船の上ではあたしは何もできない。
ただされるがまま。

服を着ていると船員が食事を持ってきた。
「へえ、これが今度の女か。
ま、お前を抱くのは俺じゃない。
同じように借金して売られてきた男たちだ。
風呂にも入れずに働くんだ、臭いぞ。
ま、お前もすぐ臭くなるんだけどな。
まったく、本当に汚らしい奴らだ。
穴があれば誰でもいいんだからな。」
「出てってよ。
あんたはあたしには用がないんでしょ?」
「てめえ、誰に偉そうな口きいてるんだよ?」
また殴られる。
さっと身構える。
けど、拳は降ってこなかった。
「カシャン。」
そのかわり、食事の器が放り出された。
「ほら、食えよ。」
「食べられるわけないじゃない!
床に落ちたものなんて。」
「明日まで何も食えるものないぞ?
それにぞうきんもほうきもないのにどうやってこれを片付けるんだよ、え?」
「あんたが落としたんじゃない。」
「だからなんだ?」
「だから、なんだ、って。」
「ここはお前の仕事場なんだよ。
お前は今日からここで男とやるんだ。
自分の職場すら片付けられないやつは船に要らない。
いますぐ出て行け。」
「出ていけって周りは海なのにどうやって。」
「別に生きて出て行ってもららう必要はない。」
「そんな…。」
「で、どうするんだ?」
「わかったわよ。」
許せない、許せない、許せない。
なんであたしがこんな目に。
でも、あたしは死なない。
生きて帰るんだ。
しゃがんでご飯を器に戻そうとする。
その瞬間、衝撃を受けてあたしは前に転んだ。
「何上品ぶってやがる。
口で片付けろよ。」
「犬じゃないのよ、あたし。」
「ああそうだ、お前は虫けら以下だ。」
「っ。」
「ほら、食えよ。
船から降りたいのか?」
しょうがない。
耐えるしかないんだ。
耐えるしか。
床に口を近づける。
どうしようもない敗北感。
「そうだ、きれいになめろよ。」

なんで。
どうして。
こんなの、嫌だ。
けど、生きて帰るには耐えなきゃならない。
学校でだってあたしはいつもいじめる側でこんなことされたことなかったのに。
全て借金のせいだ。
全部、マサキが悪いんだ。





To be continued