★社寺(東京都世田谷区)★ (1) 豪徳寺

 

 

 

 

細平井筒 (彦根 井筒)  

(ほそひらいづつ)

‐鏐疣(線香を焚いて、体にその煙をかける)                        ↓0羂鵬箸諒・・・井伊家墓所、井伊直弼墓(東京都指定史跡)あり           な殿屋根・・・丸に橘

ナ殿屋根・・・細平井筒(細平井桁ともいう)

κ殿屋根・・・丸に橘(左)、細平井筒(右)

豪徳寺は江戸時代、彦根藩世田谷領の成立後(三代目藩主直孝の時)、井伊家の菩提寺になったため、この寺の紋は井伊家の家紋「丸に橘」になったと思われる。(ちなみに、彦根藩祖は直政で、徳川四天王)

ほとんどは「丸に橘」紋を使っているが、同時に井伊家の家紋である「細平井筒(彦根井筒)」紋も数か所にみられる。

「橘」はみかんに似た柑橘類だが、印象が薄いのは食用ではないせいか。しかしながら実際は、不老不死の果物として縁起物とされたそうだ。また、「丸に橘」以外でも橘紋にはみな「実」があらわされているが、これは「実なし」を嫌うことからきていて、すなわち、子孫が増え広まることを願っているのだ。

平安時代には橘氏が四大姓のひとつとされ、橘姓を名乗る人々が、好んでこの紋を使ったという。情けないが、日本史でならった平安初期の三筆の橘逸勢(はやなり)しか橘姓の人が思い浮かばない。

井伊家は橘氏の流れではない。藤原系でありながら橘紋を使用したのには逸話がある。 「井戸の中から赤ん坊が手に橘を持って現れた」とか「井伊家の備中太夫共保(井伊家氏祖)が生まれた井戸のそばに橘があった(平安時代)」というものだ。

また、この井戸にちなんで、「橘」紋だけでなく、「井筒(井桁)」紋も使うようになったという。しかしながら、なんといってもそれは逸話なので、井伊という名字の「井」から「井筒(井桁)」紋を使った可能性の方が高いのではないかと思ってしまう(名字からとる家は多い)。でもそうなると、橘紋を使った理由も否定しなくてはならなくなってしまうが。

日蓮宗が「井桁に橘」紋(「日蓮(宗)橘」ともいう)を宗紋にして、寺院につけている(堀之内妙法寺 頁参照)が、日蓮上人が井伊家の出であった(井伊重忠が安房国に流された時に生まれたとの説あり・・鎌倉時代)と伝えられていることから、その理由がわかる。

ちなみに豪徳寺は曹洞宗。

豪徳寺

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(世田谷区豪徳寺)

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2011.6.9更新

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井桁に橘 (いげたにたちばな)

丸に橘   

まるにたちばな

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