Let's  No.46(2005.3)                                                           

グアムの戦後補償問題

                                                                              荒井信一 

 2004年9月28日、アメリカ下院はグアム解放60周年記念決議(下院決議737号)を可決した。グアム島は、ミクロネシアにある米領の島で、太平洋最大と称される米軍の基地がおかれている。ハワイとならぶ南海の楽園として毎年多くの日本観光客が訪れるが、敗戦を知らずに潜伏していた横井庄一元陸軍軍曹が、28年ぶりに「恥ずかしながら」といって島のジャングルから姿を現したとき以外、この島が太平洋戦争の戦場であったことは、日本人の意識にあまりのぼらない。
 決議は、開戦と同時にグアムが日本軍の攻撃をうけ、1941年12月10日から44年7月21日まで日本軍に占領されていたことを想起する。そしてグアムの人々が「合衆国への一貫した忠誠のゆえに残忍な占領を経験し」「32ヶ月の占領中に強制労働、死の行進、抑留、障害および公開処刑をふくむ死を経験した」と明記している。決議が「グアムの人々」と呼んでいるのは、具体的には島の先住民、チャモロ人のことである。1940年当時、人口の90%以上を占めていたが、1990年には人口の43.3%となった。
 軍事基地と観光産業への依存により島の経済・社会が変容し、チャモロの生活文化が脅かされ、島の自然が取り上げられ汚染されているのが現状である。島民の自治権要求も次第にたかまった。決議は、戦時中の島民の合衆国への忠誠を強調するが、それは逆に島民と合衆国の紐帯がうすれつつあることへの警戒をしめすもののようにも思える。
 決議が、解放60年の記念の年に、あらためて日本軍による占領中の残虐行為を想起していることは重要である。日本との緊密な同盟関係にもかかわらず、アメリカ議会が日本軍の非人道行為を直視している証しである。またチャモロ人の受けた戦争被害が具体的に言及されていることにも注意すべきであろう。先住民の復権の動きと結びつくからである。
 戦後、アメリカ政府は占領中の損失財産と死傷者への補償を約束したが、実際に支払われたのは虐殺された人にたいする一人当たり200ドルの支払いだけだという。ようやく2002年になって議会はおもい腰をあげて下院に「グアム戦後補償審査委員会」を設け、32ヶ月に及ぶ占領中に日本軍がおこなった虐殺、暴行などの被害実態を調査することとした。04年の議会決議直前の6月、報告書が米政府と議会に提出された。「日本の占領はとくに残虐、圧政的かつ野蛮」だったと指摘、殺された人の遺族に一人当たり2万5千ドル、負傷者や強制労働被害者には一人当たり1万2千ドル、総額1億2500万ドルの補償支払いを勧告した。今回の下院決議はその内容を反映しているが、補償には言及していない。法案が近く議会に提出される予定といわれている。それはアメリカと先住民との和解の一歩となる。同時に日本がこの和解のプロセスにたいしどう関与してゆくかが問われる問題でもあろう。

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