The Law of One 勉強部屋

 

 → HOME

 → Sessions


 

Session72 質問7

 

Q7質問者: 我々とは、現在、(この介入者からの働きかけについて議論を行う中で)、私の信じる所では、全一の法がどの様にして働きを及ぼしているのか、その仕組み・原理の中で、非常に重要な点の一つについて議論を行っているのである、と感じております。 其の中で貴方が仰られた内容と致しましては、このオリオン存在が有効に(妨害)活動を行う為には、先ず、対象となる個人が、自らどの様な”態度・方向性”を選択しているかという点が、最も重要な考慮事項となって参る、との事であります。 それでは、どうか、この(妨害の)試みが、全一の法との関係の中では、どの様にして行われているのかについてをお話して頂き、更には、何故、(この妨害の試みの際には)対象となる存在の態度・方向性が最も重要な考慮対象となって参るのかについてをお話して頂き…、更には、何故、この必要事項が満たされた際に、オリオン存在の(妨害)活動が可能となるのか、これ等を説明して頂けるでしょうか?

 

ラー: ラーです。 先ず初めに、この無限に続く創造世界内においては、(それが如何なる行為であれ)、そこで存在らによって創造らが行われ、活動らが行われて行く際には、混合の法則(Law of Confusion)が遵守される事、もしくは他の表現では、自由意志の法則(Law of Free Will)が遵守される事が、最高の重要性を有する点となって参る、という事であります。 その様な(完全な自由が守られている)中、更には、この創造世界内において、或る行為が意図されつつ行われる場合には、その”意図”の有する強度具合に従った中、もしくは他の表現では、その”欲求”の強度具合に従った中、(同等の物事がその周囲に引き付けられる事となり、またそれだけでなく)、それとは反対の極側に存在する所の同等強度の意図もが、その周囲に対して引き付けられる事となって参る、という事であります。

 

従って、浅薄な性質からなる経験を追い求めている者達とは、もしくは他の表現では、一時的な性質からなる経験を追い求めている所の者達とは、(両極が引き付けあう所の)この”魔術的な力が影響を及ぼす状況”と表現される事の可能な事態の中に置かれた場合であっても、(自らの状態に比例した所の)一時的な性質からなる構成配置状態(経験)のみを体験する事となり…、(よって、上の様な介入を経験する事はほぼ無いであろう)、という事であります。 しかしながら、一心/体/精神-複合体が、その”意思”を奉仕的性質からなる状態へと方向付け・調律させて行くに従って、其処には、一つのターニング・ポイントが発生する事となり、もしくは他の表現では、”支点”(fulcrum)の一つが存在する事となって参り…、この支点を中心として、上の事情が変化して行く事となって参ります。 この様にして、もしこの奉仕への意思と意欲が、他者らへの奉仕的性質のものへと向けられている場合には、其れに対応する所の同等な(ネガティブな)極性らもが活性化される事となって参る、という事であります。 例えとして、当グループに関しましては、上の(他者らに対する奉仕的)性質からなる型の”意思ら”が三つ存在し、これらが、この媒介者の下で一つとなって活動を行っており…、この媒介者の有する所の奉仕に対する忠節心、此れをいわば”其の中心に据え・それを頂く”中で、一つとなって其の活動を行なっております。 この状態とは、当作業が平衡化された状態の中に置かれ続ける為には…、更には、当コンタクトが今後も継続されて行く為には、欠く事の出来ない要素となっております。 更には、我々(ラー)の振動複合体もまた、それら作業に於いては一方向を指し示した状態の内に置かれており、更には、我々の奉仕へと向けての意思もまた、或る一程度の純度具合の内に御座います。 従って、この(あなた方の発するポジティブ的性質の力と我々の有する意思の純度具合)が理由となって、更には、”此れに対置する所の極”への引付け作用もが生み出される事となった、という事であり…、此れによって引き付けられた対象を、あなた方が現在経験しておられる、という事であります。

 

しかしながら、我々から更に特筆可能な点として、この様な自由意志からなる一構成配置具合とは…、つまりは、他者らへの奉仕へと向けて一方向を指している状態とは、(そこに対極側に対する引き寄せ作用を生み出すだけでは無く)、そこには更に、非常に大量の”光の力”(light strength)に対して喚起を促すというポテンシャルをも有している、という事であります。 しかしながら、このポジティブ側の光の力もまた、自由意志の法の許にその作用・活動を行う所のものであり…、従って、この利用を試みる際には、始めに、要請者の側からその活動が”依頼される・喚起される”(invoke)事が必要とされて参ります。 しかしながら、我々とは、この光の力の喚起方法についてをお話しする事は可能では無く、従って、あなた方をこの使用方法に関してお導きする事は致しませんが…、というのも、この(光に対して接触を行うというポジティブ)型のコンタクト、その性質とは、以下の状態を満たしていなければならず…、そこにおいては、あなた方の自由意志、その純度具合が、他の如何なるものにも増して保たれていなければならないからであります。 従って、あなた方とは、(この光の喚起方法に関しては)、あなた方の経験の中で、自らその道を丹念に歩んで行かれる中、あなた方にとって助けとなる所の特徴的方法ら・バイアスらを自ら発見して行かねばならない、という事であります。

 

 

Session73 質問3

 

Q3質問者: (質問前半略)

 

貴方が前回のセッションにおいて仰った内容として、「その自由意志の下、他者らへの奉仕という方向性において一点に方向付けられた状態の内に置かれている場合、この意志とは、大量の光の力に対して喚起を引起すという可能性を有している」との事でありました。 この点に関しましては、私の推測では、そこには、更に、自己への奉仕者の場合に関しても厳密に同様の可能性が存在し…、(彼ら自己への奉仕者の意思と意欲が一定の強度上に置かれている場合もまた、この”光の力”に対して喚起が引き起こされる事となる)と考えます。 正しいでしょうか?

 

ラー: ラーです。 その(自己奉仕者達が”光”を喚起する事となるという)御推測とは、其処に僅かな例外が存在している以外では、正しくありません。 というのも、自己奉仕者達によって、通常、いわゆる”ネガティブな存在ら”、もしくは、”ネガティブな属性ら”が召喚され喚起される際には、(ネガティブな存在達の注意が喚起されると)同時に、其れに対応する所の、同等のポジティブ側に分極化した者達の注意もが喚起される事となって参るからであり…、(よって、この点に於いては、自己奉仕者が光の力を喚起させる事となるという御推測には、僅かに正しい点が存在しているという事であります)。 しかしながら、他者らへの奉仕の道の上に置かれた所の者達とは、(自らの注意が喚起されたという理由のみで、其処に自主的に出現するという事は無く、相手の意思を尊重し、自らに対して直接的な)呼び掛けが行われるまでは待機を行うという性質からなる所の者達であり、(従って、彼らが、実際にこのネガティブ側の引き付け作用に従って自主的にネガティブ存在の許に出現するという事態とは稀であり)、更には、仮に、彼らが喚起されたとしても、其処で彼らが唯一送る事の可能な対象とは、”愛”だけとなっております。

 

Q4質問者: 私が実際に上の質問で理解しようとしていた点とは…、この光の力を喚起するという行為とは、私から見受けられる所では、貴方なら以下の様に表現されるでしょうが、此れが、完全にそれを行う存在の”自由意志”との関係性の中にのみ置かれている様に思われ…、更には、此れを行う所の(ポジティブ側の)熟達者の”意欲と意思”(desire and will)が高じて行き、そして、その意欲の純度具合が増して行くに従って、この光の力の喚起能力もが増大して行く事となる、との事でありました。 その様な中、私がお尋ねしていた内容とは、この光の力の喚起能力が、上の様に、(それを行う人物の意欲と意思の純度具合に依存する中で変化して行くという)この状態とは、此れがポジティブ側の存在と、ネガティブ側の存在、これら両者に対して同様に該当する所の状態であり可能性であるのだろうか、という事であり…、私が上で申し上げた所のこの言及とは、正しいものなのでしょうか?

 

ラー: ラーです。 貴方が行われた御推測は正しいものでありますが、誤解・混乱を避けて頂き、正確を期す為に、簡単にでは御座いますが、この状態の再述を行いたいと思います。

 

他者らへの奉仕の道の上に置かれた者達とは、自身の有する所の奉仕へと向けての”意思”、此れがどの様な強度具合と純度具合の中に置かれているか、この状態との正比例関係の中で、この”光の力”(light strength)に対して呼びかけを行い、此れを用いる事が可能となっております。 一方で、自己への奉仕の道の上に置かれた者達とは、自身の有する所の(自己への)奉仕へと向けての”意思”、此れがどの様な強度具合と純度具合の中に置かれているか、この状態との正比例関係の中で、”闇の力”(dark strength)に対して直接的に呼びかけ、此れを用いる事が可能となっている、という事であります。

 

 

Yahoo!ジオシティーズ