しかし

The Law of One 勉強部屋

 

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セッション73 Excerpt 1981年10月21日 (V2.21)

 

(前略)

 

Q5質問者: 本日、私がこれから行おうとしている議論内容とは、この(光の力を喚起する)働き、此れがどの様に機能を行っているのかについて推測を行い、此れを貴方から修正して頂く事でありますので…、私は、本日、質問をさせて頂く際には、疑い様も無く多くの間違いらを犯す事となると思います。

 

 それでは、魔術的作業として以前から存在している所の”中央の柱の訓練”(exercise of the Middle Pillar)についてを考察させて頂きますと…、此れを行う所の熟達者とは、通常、光がそのクラウン・チャクラから足の甲へと向けて下降して行く状態を目撃する事となり、もしくは、この状態の映像化を行う事となるのでありますが…、私の考えでは、貴方からのお話を伺った後には、この記述とは間違っているのではないかと考える様になって参りました。 というのも、ラーが仰った内容として、創造主とは、その存在の”足の甲”の側から体内に対して進入を行い、その後、上方へと移動を行うとの事であり(S72Q17)…、つまりは、この”螺旋状のエネルギー”とは、その存在の足の甲から体内へと進入して、上方へと移動を行う事となる、との事だからであります。 従って、私から見受けられる所では、光に対して喚起を行い、この光を映像化させて使用している所の熟達者とは、実際には、このエネルギーが足の甲からその体内に対して進入する状態を視覚化しているのであり、この光が最初にその赤色エネルギー中枢をエネルギー付け、その後、この赤色中枢に対する場合と同様にして、他のエネルギー中枢らを通過しつつそこにエネルギー付けを行う中で、此れが上方へと移動して行くという状態、此れを視覚化しているのであると考えます。 正しいでしょうか?

 

ラー: ラーです。 いいえ。

 

Q6質問者: それでは、この私の言及のどの部分が間違っているのか、此れを教えて頂く事は可能でしょうか?

 

ラー: ラーです。 はい…。

 

Q7質問者: それでは、どうか、それをして頂けますか?

 

ラー: ラーです。 貴方が現在議論されている所のこの”光の喚起行為”が行われる為には、(実際の所、考察されるべき)”二つの概念ら”が存在しております。 その中で、最初に考察が行われるべき点と致しましては…、(この中央の柱の訓練の実行者である熟達者)、この小宇宙である所の心/体/精神の内部に備わる所の光、この光が行き来を行う為の”偉大な通り道”が形成されているかどうかについてであります。 つまりは、一魔術的作業が行われる前には、それを行う所の熟達者の内部には、以下の前提が先ず存在していなければならず…、その有するエネルギー中枢らが、その最大限の努力を以って、潤滑に機能する状態とされていなければならず、更には、それら中枢がお互いの間で平衡化された状態の一つの中で機能を行っていなければならない、という事であります。 というのも、総ての魔術的作業らとは、(それらエネルギー中枢を通じてその外側への)”喚起行為”(evocation)と/もしくは(その内側への)”召喚行為”(invocation)に基づいて此れが行われる事となるからであります。

 

その様な前提の存在する中、それが如何なる魔術的作業であれ、そこで第一に(その内側に)召喚される事となる所の召喚対象とは…、あなた方が馴染みを有されている所の表現を用いた場合、此れが”魔術的世界側に存在する所の自己の側面存在”(magical personality:ハイヤー・セルフ)となって参ります。 その様な中、貴方がお話された所の”中央の柱”の作業を具体的な例に挙げた場合、その”第一のステーション”(セフィラ)とは、この魔術的世界側に存在する所の自己の側面存在、その召喚の開始作業と関係する所のものとなっており…、そこにおいて、この側面存在とは、”或るもの(衣服・護符など)を身に付ける”といった動作によって此れが発動される事となって参ります。 その様な中、あなた方とは、この(召喚の為に必要とされる)”衣服”、もしくは”護符・お守り”(talisman)の一品目を有しておりませんので、あなた方がその替わりとして行った所の行為とは、適切なもので御座いました。

 

次に、この(中央の柱の訓練に於ける)第二のステーションに於ける作業とは、”生命という偉大な十字架”(the great cross of life=生命の樹)を(その外側に)喚起する作業となって参ります。 この作業の中で、上で召喚された魔術的側面存在とは、その場において、創造主として理解される事となり、この程度に至るまで、この魔術的側面存在が(上の十字架の中で)拡張解釈されつつ喚起されて行く事となって参ります。 この時点において(前回お話した内容S72Q17を)再び申し上げますが、総ての召喚行為らと喚起行為らにおいては、そこで呼び出される所の対象とは、(下側から遣って来るのではなく)、その(実行者の)紫色エネルギー中枢(クラウン・チャクラ)を通じて(上側から)そこに引き寄せが行われる事となって参る、という事であります。 その後、(前回のお話と同様に)、そこで如何なるエネルギー中枢が用いられる事が望まれているのかに従った中、この紫色光線中枢が経由された状態の中で、望まれた中枢へと向けて、この(流入)状態が継続されて行く事となって参る、という事であります。

 

Q8質問者: それでは、(貴方が以前に仰った所の)足の甲から進入してくる所の螺旋エネルギーと、クラウン・チャクラを経由して召喚される所のこの光、これらの違いについてをお話して頂けますか?

 

ラー: ラーです。 この螺旋状の光が、その存在の意思の活動が理由となって、(結果的に、自然と湧き上がり)引き上げられて、全一の無限創造主から発せられつつその存在の内に住する所の”内面的な光”(inner light)、此れと(自然なあり方の中で)巡り合うという働きの側とは、恐らくは”副交感神経的働き”に例えられる事が可能であり…、(不随意的な)心臓の鼓動と肺らの周囲に存在する所の(不随意)筋の働きに例えられる事が可能であり、更には、副交感神経システムの行う所の他の総ての(不随意的)機能らに例えられる事が可能であります。 一方で、そこで熟達者から(この光を上昇させる為に、意思を用いつつ、この光に対して随意的に)行なわれる所の”呼びかけ”の側とは、その心/体/精神-複合体が意識的に制御を行っている所の(随意的)神経と筋肉による反応活動らの働きに例えられる事が可能であります。

 

Q9質問者: 以前に貴方が仰った内容として…、この内容とは、以下の様に表現しても間違いないと思いますが…、この二つの方向性らからなる所のエネルギーらが、(その存在のエネルギー中枢ら内において)何処でめぐり合う事となるのか、この位置の確認を行う事によって、その対象が如何なる存在であれ、この具体的心/体/精神-複合体の成長具合についてを計測・判断を行う事が可能となる、との事であり…、この交点が、その判断の為の所のいわゆる”基準・ものさし”の一つとなる、との事でありました。 正しいでしょうか?

 

ラー: ラーです。 その通りであります。

 

Q10質問者: それでは、私に見受けられる所では、光を呼び起こして召喚する際には、まずその視覚化作業から開始される事となり、その様な中、その対象としてどの様なものを視覚化するかとは、その後、そこで召喚した光を何に対して用いるか、その使用目的に依存して此れが変化して行く事となると考えます。 この使用目的とは、ヒーリング行為の為であるかもしれず、対話行為、もしくは、恐らく貴方ならこう表現されるでしょうが、創造世界と創造主を全体的に理解する事の為にもこの光が用いられる場合があると考え…、(この違いに従って、この喚起の際に映像化される所の集中化対象とは、異なって参ると考えます)。 それでは、貴方からこの光の召喚過程についてをお話して頂き…、更には、私のこの推測が正しいものであるかどうか御指摘を行って頂けますか?

 

ラー: ラーです。 この話題を此処で完全に検討し尽す事が可能であるかどうかは疑わしいものでは御座いますが…、ともかくも、我々からは、此処で幾つかの思念ら・考え方らを提供させて頂きたいと思います。 それぞれの視覚化作業とは、その作業の目的が如何なるものであれ、”藍色光線”内で行われる所の何らかの作業を以って此れが開始される事となります。 その様な中、貴方からも御確認可能である様に、あなた方が開始された所のこの(小五芒星儀礼式という)儀式もまた、完全に、此れがこの藍色光線内において開始され、この中枢に依存した中で行われる所の活動となっております。 というのも、この中枢とは、覚醒無限へと通ずる所の経路・ゲートウェイの働きを為す所のものであるからであります。 よって、あなた方がこの(藍色光線を用いる)儀式を選択された事とは、申し分のないものとなっております。 その後、この(藍色光線中枢と関係した儀式的作業を)開始地点として、そこから、光が召喚される事が可能となって参る、という事であり…、更にその後、この光が、対話やヒーリングの為に用いられる事となって参ります。

 

更には、貴方に留意して頂く事の可能な点と致しましては、ラーとの作業が適切に開始される為に、我々があなた方に対して提供した所の(準備的)儀式もまた、その(召喚作業の際の)第一の集中化(視覚化)対象とは、此れが”創造主”へと向けられている、という事であります。 我々は更に、以下の事柄について…、ただ、これは些細な点なのでありますが同時に興味深い或る点についてをお話したいと思います。 この上昇する螺旋状の光とは、そのエネルギー中枢らを通過する道の途上において、その”意思の働き”によって此れが育成されて行く事となり、更には、この上昇する光とは、最終的には、身体内の高所の一つにおいて、全一の創造主である所の”内面の炎”(inward fire)と結合される事となるのでありますが…、この(二つのエネルギーらがめぐり合うという)働きとは、その後、この熟達者がその心/体/精神に対して更に成し遂げて行く事が可能となっている所の作業としては、此れが、今だにその準備段階に於ける作業でしかない、という事であります。 つまりは、そこには、更に、それぞれの作業間に用いられる所のエネルギー中枢ら、それらを更に”結晶構造化”させるという作業が存在しており…、此れが成し遂げられる事によって、この”魔術師”(magician)とは、自身が求め探求する所の対象・状態へと向けて益々近づいて行く事となる、という事であります。

 

更に重要な点と致しましては、時間/空間側世界において存在する所の、その心/体/精神-複合体にとっての相似物・アナログ…、つまりは、この存在とは、魔術的側面存在として喚起される所の対象の事でありますが…、この存在とは、この様にして喚起されている間のみ、経験から生ずる所の”触媒作用”(catalytic action)を急速に入手する為の機会を有する事が可能となっており…、この第三密度の空間/時間側に存在する所の心/体/精神、此れにとって利用可能となっている所の触媒作用を自らも利用可能となって参る、という事であります。 従って、熟達者とは、この対象(魔術的側面存在)の喚起を行っている際には、創造世界のより大きな存在部分の側の一つに対して、偉大な成長触媒を提供している事となり、この点において、この喚起作業とは、創造主に対して大々的に援助を行っている事を意味する事となり…、その様な中、この創造世界のより大きな一部分とは、つまりは、一存在にとっての”心/体/精神-全体性”の事であります。

 

Q11質問者: この(魔術的側面存在を召喚するという)過程においては、(此れが望ましい形の中で行われる為には)、その召喚者の有する”意欲と意思”(desire and will)が、最も重要な因子であり、その為の鍵となって参る、という理解で正しいでしょうか?

 

ラー: ラーです。 我々は、その御推測に対して更に一つの特質を加えさせて頂きたいと思います。 魔術的側面存在(の召喚/喚起)においては、(その召喚者の有する)意欲、意思が重要であると同時に、更には、その”分極化状態”(polarity)もが重要な鍵となって参ります。

 

Q12質問者: それでは、私の推測では、現在、我々の社会内に存在する所のキリスト教のいわゆる”福音伝道者達”(evangelists)、その多くもまた、彼らの活動においては、非常に大きな意欲と意思を有しており…、更には、恐らくは強力な分極化状態をも有していると考えますが…、しかしながら、彼らの間で上の例の様な魔術的出来事が発生しない事の理由とは、彼らの活動とは、上の様な魔術的意味合いに於ける召喚作業と比較された場合、その有効度合いにおいて、上と何ら変わらない様な結果を生み出す為の要素としては、それら活動とは、時に、そこに或る”気付き”を欠いており、もしくは、その為の或る”情報”を欠いているからである様に見受けられます。 この分析とは正しいものでしょうか?

 

ラー: ラーです。 貴方の御推測とは、部分的にのみ正しいものであります。 つまりは、そこにおいて他者らへの奉仕作業が行われている際に、その行為が正しく行われているか、その方向性・分極化状態の展開のされ方具合に対して吟味が行われる場合には、そこにおいては、”その(被奉仕者の)自由意志が保護されているかどうか”、この点こそが、その最も重要な観察対象とされねばならない、という事であります。 その様な中、貴方がお話された所のそれら福音伝道者達とは、(人々の)意識に対してはポジティブ側へと向う改変作用を引起そうと試みながらも、一方で更には、(人々の)自由意志を”奪う”事を試みております。 この様な状態とは、そこに魔術的性格性からなる状況を発生させる為のものとしては、それを妨げてしまう所の”障壁”の一つを生じさせてしまう事へとつながり…、その活動を受ける所の一存在が、その自由意志を以って、この貴方の呼ばれた所の”伝導者”による活動を進んで受け入れる、という態度を有している場合らを除いては、そこに障壁の一つを生じさせてしまう事となって参り…、(従って、この事が、福音伝道者らの間でこの様な魔術的出来事の発生しない事の理由となっております)。

 

Q13質問者: この型の(人々の自由意志を侵害する事の無い中で、魔術的作業を行うという)対話方法に関しましては…、”ナザレのイエス”として知られた存在とは、そこに、どの様な姿勢・方向性を有していたのでしょうか?

 

ラー: ラーです。 貴方は、恐らくは、この人物に関する活動らについて書かれたものの幾つかについてを、既に読まれた事があると推測致します。 (そこにも記されていた様に)、この人物とは、彼の話を聞こうと集まった所の心/体/精神-複合体らに対しては、自らを”教師”として提供する事となり…、更にその後半生においては、その話を聞く事を望まない者達に対しても、(彼らの意思を尊重しつつも)彼らの内に其の話が留まる為の余地を残しておく為に、一つの”覆い”(veil:例え話)を用い、この覆いの一つを通した中でその話を行う事となりました。 その様な中、この存在とは、ヒーリングを行う事を要請された場合には、その患者に対しては、常にそうしていた様に、その作業の終了時には以下の二つの”戒めら”を与えておりました。 つまりは、その戒めらとは、第一に、ヒーリングを受けた様に見受けられる所の存在とは、実際の所は、自身の信念・信仰(faith)によって自らこのヒーリングを発生させたのであり…、つまりは、この患者とは、(健康状態へと向かっての)改変作用の発生を許容し、それを受容する為の能力を予め自ら有していたのであり、彼が実際にそれを用いた事によって、その紫色光線を通じて知的エネルギーへとつながる通路・ゲートウェイへの接触が行われ、その事によって、このヒーリングが発生したのである、という事であります。 第二に、このイエスとは、常に、”この事を誰にも話さず、自分の内だけに留めておく様に”と忠告致しておりました。 というのも、これらヒーリング作業とは、この作業の有するポジティブな純粋性、此れに対して可能な限り近付き、それが忠実に再現される事が試みられる間に、更には、(誰にもこの事を知らせない事によって、この被術者の、ひいては、この出来事の部外者らの)自由意志の質が最大限に保護・維持される事が試みられていたからであります。

 

Q14質問者: 仰られる様に、私から見受けられる点と致しましては、この様な(魔術的)作業が、その外側から目撃された場合には、この一見”魔術的”と見受けられる所の出来事とは、その外側からは、この作業を行う一熟達者の側の働きのみによって発生しているのである、と受け取られる事となり…、従って、(この被術者を含め、此れを目撃する他者の)自由意志の働きを、部分的にではあれ、奪ってしまう様な働きを及ぼす事となると思われます。 この様な(魔術的作業を目撃する者達の自由意志に対して侵害が発生してしまうという)問題とは、(ヒーリング行為以外でも)、他の通常では考えられない様な如何なる出来事が行われる際には、そこに拡張して当てはめる事が可能な問題であり、(その発生が予想される)問題であると考えます。 それでは、このヒーリングを行おうとする際に、その如何なる者もが即座に体験する事となる所の上の様な(他者の自由意志に対する侵害の)問題…、この”矛盾”について、貴方からお話を行って頂く事は可能でしょうか?

 

ラー: ラーです。 我々は、それが”慎ましい”、というあり方を以ってでしかありませんが、全一の法の伝達者らであります。 その様な我々にとって、”矛盾ら”というものは存在致しておりません。 その様な中、貴方の御質問に対して具体的にお答えを致すならば…、一見、魔術的と見られ、従って、それを目撃する者の自由意志に対して侵害を行っているかの様に見受けられる所の状況に関しましては、実際の所は、そこで引き起こされる所の侵害行為とは、この作業の側のみが理由となって引起される事となるものではなく…、というのも、この行為が目撃される際にそこで発生する所の知覚情報からなる歪曲状態らとは、その目撃者の数と同様に此れが非常に多岐にわたって存在する事となり、更には、それぞれの目撃者とは、その場においては、自身が目撃したいと望む所の内容のみを目撃しているだけであるからであり…、(従って、或る者にとってはこの状況が権利侵害を生み出す原因となると同時に、或る者にとってはそうはならないからであります)。 この様な経緯の中、そこで魔術的作業が行われる際に、実際に、自由意志に対する侵害が発生する事となる所の唯一の状況とは、この魔術的作業を行っている所の存在が、そこに発生している出来事の出所を自身に帰し、自身の技術らによってこの魔術的状況が発生しているのである、との表明を行った場合だけであります。 つまりは、以下の様に述べる所の者達…、如何なる魔術的作業も、その術者によって発生したものではなく、術者を”経由する”のみの形の中で、(被術者自身によって)発生されたものである、と述べる者達こそが、自由意志の侵害を行う所の者達であります(注)。

 

(注)ラーが意味した内容とは、”自由意志の侵害を行わない所の者達である”という事である。 以下にこの間違いの修正が行われる。

 

Q15質問者: 貴方は、ただ今、以下の様に仰り…、”この魔術的行為が、その術者によって発生したものではなく、術者を経由する形の中、(被術者自身によって)発生されたものであると述べる者達こそが、更に、侵害行為を行う所の者達である”と述べられました。 この表現は、正しく行われたものでしょうか?

 

ラー: ラーです。 この言及は正しくありませんでした。 我々が申し上げたのは、その様な場合、”侵害行為が行われる事は無い”、という事であります。

 

Q16質問者: イエスとして知られた存在とは、十二人の使徒達をその周囲に集める事を行いました。 彼がその様に十二人の使徒らをその周囲に有した事の理由とは、何であったのでしょうか?

 

ラー: ラーです。 もし、そこに、学び/教える者達(learn/teachers=学生ら)が存在しないとした場合、教え/学ぶ者(teach/learning=教師)の存在する理由があるでありましょうか? その様な中、この存在に対して引き寄せられて集まって来た所の者達とは、この存在からは、無条件の下で受け入れられたのであり…、その存在が如何なる性質からなる者であり、その後、その存在からは如何なる結果がもたらされるのか、此れに配慮が行われる事無く、このイエスという存在からは無条件に受け入れられる事となったという事であります。 というのも、この存在とは、自身に対して与えられた所の名誉/義務…、この名誉/義務とは、自身が本来有する所の本質が理由となって、自らに対して課せられていたと当人からは感じられていた所のものでありましたが…、この存在とは、この”人々に対して語り掛けを行う”という自らの使命をも無条件に受け入れていたからであり…、(その結果として、その周囲に使徒達が集まって来た際には、彼らをも無条件に受け入れる事となった、という事であります)。

 

Q17質問者: それでは、”火の訓練”に関しましては、私の推測では、ヒーラーとは、我々が上で議論を行った所の、クラウン・チャクラから進入して来る所のエネルギー、此れと同様のエネルギーを取り扱う事となる、という事で正しいでしょうか?

 

ラー: ラーです。 その御推測とは、正しいものでは御座いますが…、貴方がこの(ヒーリングという)方向性において(この召喚される下降エネルギーについて)更に考察を続けられる為には、そこに或る注釈が付け加えられる必要が御座います。 つまりは、ヒーリング作業が行われるという目的の下、この魔術的側面存在が召喚され、此れがその緑色光線エネルギー中枢内に配置・着座された後には、このエネルギーとは、更にはそこから”身体エネルギー”(上昇螺旋エネルギー)がチャネルされる事が可能となる所の”結晶構造化された中枢”としても捉えられる事が可能となって参る、という事であります。 この様な理由から、この(魔術的側面存在を召喚した中で、この緑色光線中枢を用いて行われる所の)特定の形態からなる所のヒーリング行為においては、熟達者によって引き込まれる事となる所の(上からの)エネルギーだけが用いられる事となるのではなく、更には、(その足の甲から沸き上がって来る所の)螺旋状の上昇エネルギーもが用いられる事となる、という事であります。 その後、この緑色光線中枢が”より明るく”発光し始めるに従って…、しかしながら、我々からの注釈として、このより強力な発光状態とは、その中枢が過剰に活性化されている事を意味するのではなく、それが”結晶構造化”されつつある事を指し示すものでありますが…、この体-複合体内に於けるこの緑色中枢から生ずる所の上の(複合)エネルギーとは、”二度”、その螺旋運動を行う事となります。 この螺旋運動とは、第一に、この緑色光線中枢から放出され、時計回りの状態の中、頭部を通過して、右肩へと移動を行い、右ひじを通過し、下降して太陽神経層を通過し、そして左手へと至る事となります。 この動きによって、体-複合体内に存在する所の総てのエネルギーらが束ねられて、一つの”流れ・導管”とされる事となり…、その後、この流れが、再び、右側から時計回りに大きな円状の回転を行う事となり…、我々はこの媒介者を修正致します…、”左側から”足の甲へと向かい、右手へ、頭頂部へ、左手へ、と言う様にして回転を行う事となって参ります。

 

この例の様に、この外部から(上昇状態の中で)流れ込んでくる所の”身体エネルギー”とは…、此れが結晶化され、規則化され、更には、熟達者の個性が理由となってその緑色光線エネルギー中枢にまで伝達されてそこへと至る事となった場合、この流入する身体エネルギーとは、その後、この熟達者と共に受肉状態の中に置かれる事となった所の(内面に存在する・下降)エネルギーと結合される事となり…、この”結合エネルギーら”が(被術者に対して)注ぎ出される事が可能となり…、この事によって、ヒーリングという奉仕を望む所の一存在に対しては、この奉仕行為を提供する事が可能となって参ります。 また更には、或る存在が、更に一チャネル(存在)を用い、それを通してヒーリング作業を試みる場合にも、また、此れと同様の基本的な状況をそこに作り出す事が可能であります。

 

(中略)

 

A19 ラー: ラーです。 (回答前半略)

 

更には、恐らく我々から特筆可能な点と致しましては…、ヒールを望む者が、心からヒールを望む状態の内に置かれておりながら、貴方がこの歪曲状態をそう表現される所では、此れが”ヒールされない状態”(unhealed)の内に留まっている場合、(その病状とは)、この患者がその受肉に先立って自ら選択した所の状況である可能性についてを考えられると宜しく…、その様な場合、その患者に対して貴方から可能である所のより助けとなる援助とは、その存在に対して”瞑想を行う”様に助言を行う事であり、この瞑想の中において、その存在が現在どの様な形の(病からなる)制限状態を経験しているのであれ、この制限を肯定的・積極的形の中で利用する為の方法についてを熟考させる事であります。 我々から更に特筆可能な点として、その様な(受肉以前の理由によって病が発生しているという)事例らにおいては、その”藍色光線(中枢)”に対して働きかけを行う事が、多くの場合、その助けとなるものであるという事であります。

 

上の特筆事項ら以外では、我々は、当作業においては、貴方の御言及に対して更にコメントを述べさせて頂く事を差し控えさせて頂きたいと考えております。

 

Q20質問者: 私に見受けられる所では、他者らへの奉仕の道の上に置かれている所の者達、彼らが行うべき最も重要な作業とは、その内部に”或る一つの心的態度・傾向性”を育成する事であり…、ただ、私はその態度を、或る”振動数”からなる状態である、としか表現の仕様がありませんが…。 その様な中、この心的態度とは、瞑想によって育成される事となり、儀式を行う事によって、更には、創造世界もしくは創造主への謝意・理解を育む事を通じて此れが形成される事となり…、この行為らを通じて、この存在とは、或る心的状態へと至る事となり…、その状態とは、私から可能な限りの表現では、”振動数の増加した状態”、もしくは、”総てとの一体性が増大した状態”とだけ表現する事が可能であります。 貴方からこの言及を更に広げてお話して頂き、此れを修正して頂く事は可能でしょうか?

 

ラー: 我々は、この御言及に修正を行う事をせずに、以下の点を付け加える事によってその御推測の内容に対して拡張を行いたいと思いますが…、上の心的態度が育成される為には、貴方は、上に挙げられた所のそれら価値有る行為に対して、更に以下の振る舞いを加える事が可能であり…、その行為とは、その様な心的態度の中、”一日一日を生き切る事、更には、毎瞬毎瞬を生き切る事”であり、此れによって上の心的態度が育まれる事となる、という事であり…、というのも、真の熟達者とは、その状態が進展して行くに従って、自ずと、より本来の自己としてのあり方の中で、その生活を送る様になって参るからであります。

 

(以下略)

 

 

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