はじめに

『真実はひとつ − 薫りを嗅ぐ・余韻を聴く』は、人に伝えるために書いたものではありません。

私が自問自答し、心の中から涌き出てきた思いを書き留めた、いわゆる自分のための資料です。したがって私には理解できても、皆さんには理解できない部分が多々あると思います。ですから、はじめは外部に出そうとは少しも思っておりませんでした。しかし良く考えて見ると、私が通る道は誰もが通る道ではないだろうか?。ならば後に続く者のために、気付いた事をヒントとして残して置くのは、気付いた者の務めではないだろうか?。また、そのヒントの中にいくばくかの馨や余韻を留めることができれば、一層有意義ではないだろうか?。そう思い、このたび表に出すことにしました。

この記述が『人類の夜明 − 真実を探し求めている人へのメッセージ』の解説書の役割を果たし、それが真実を発見することにつながれば、これ以上の喜びはありません。ぜひ、必要としている人の処に届きますよう願っております。

        2009年1月

 

※ これらのメッセージは、宗教とは一切かかわりの無いものです。むしろ、宗教を否定しているメッセージといった方が良いかも知れません。そのことを冒頭にお断りしておきます。

 

第一章 馨りを嗅ぐ

第一章に入る前に、この解説書の意図するところを述べておきたいと思います。私の恩師である知花先生は、講演の際いつも壇上に三つのコップを用意します。一つは何も入っていないコップ、一つは水の入ったコップ、一つは氷の入ったコップです。そして、「氷は水からでき、水は空気からでき、この三つは三位(身)一体といって、一なる空気からできているのですよ!」、と説明します。これだけ聴くと、「そんなこと知っていますよ!」と誰でもいいたくなる内容です。確かに言葉尻だけ捕らえれば、小学生でも分かる内容です。

「もう聴き飽きたよ!。いいかげんにして欲しいな!」という人もおりますし、「なぜ同じことをクドクドいうのだろう?」と首を傾げる人もいます。でもクドクドいうには、いうだけの理由があるのです。

言葉や文字は、読むため、聞くため、語るためにあるのではありません。理解するためにあるのです。理解しなければ、読んだことにも、聞いたことにも、語ったことにもならないからです。三位一体の話も、私達は解ったつもりでおりますが、実際は心底で理解していないのです。だから先生は、いつもコップを前にしてコンコンと説いているのです。

この解説書も同じです。この解説書には、同じような言葉が随所に出てきます。字面だけ読めば読み過ごしてしまう、何の変哲もない言葉ばかりです。でも、それでは読んだことにはならないのです。字面だけ読むのではなく、文字の奥に隠されている薫りを実感して欲しいのです。心の底から理解できたら、細胞が震えてきます。内的光が見えてきます。そうなるまで読み続けて下さい。そうなるまでコップと睨めっこして下さい。

 

 

《注》私達は真の求道者です。ならば目に見えるもの、肌で感じられるものは、すべて否定しなければなりません。なぜなら、五官で感じられるものはみな幻だからです。(夢も、幽界も、物質界も幻です)ですから、巷で騒がれている幽界や霊界の話は、ここでは禁句とさせていただきます。特に「霊」については、くれぐれも誤解なきようご注意下さい。

 

人類の夜明
真実はひとつ
補足資料
人類の夜明-理想世界への誘い
病で苦しんでいる人の為の小冊子
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