大阪中学校準硬式野球の歴史             フレームで表示一覧表

大阪中学校優勝野球大会歴代優勝校
昭和28年 第 4回大会 野田 中学校 昭和60年 第36回大会 八尾 中学校
昭和29年 第 5回大会 東生野 中学校 昭和61年 第37回大会 長尾 中学校
昭和30年 第 6回大会 柏原 中学校 昭和62年 第38回大会 門真第三 中学校
昭和31年 第 7回大会 下福島 中学校 昭和63年 第39回大会 北豊島 中学校
昭和32年 第 8回大会 守口第一 中学校 平成元年 第40回大会 茨木南 中学校
昭和33年 第 9回大会 成法 中学校 平成 2年 第41回大会 成法 中学校
昭和34年 第10回大会 中学校 平成 3年 第42回大会 豊中第三 中学校
昭和35年 第11回大会 阪南 中学校 平成 4年 第43回大会 守口第一 中学校
昭和36年 第12回大会 布施第三 中学校 平成 5年 第44回大会 枚岡 中学校
昭和37年 第13回大会 門真 中学校 平成 6年 第45回大会 長尾 中学校
昭和38年 第14回大会 浪商 中学校 平成 7年 第46回大会 盾津 中学校
昭和39年 第15回大会 東陽 中学校 平成 8年 第47回大会 大正 中学校
昭和40年 第16回大会 吹田第三 中学校 平成 9年 第48回大会 守口第一 中学校
昭和41年 第17回大会 関西大第一 中学校 平成10年 第49回大会 豊中第四 中学校
昭和42年 第18回大会 東陽 中学校 平成11年 第50回大会 東海大仰星 中学校
昭和43年 第19回大会 誠風 中学校 平成12年 第51回大会 枚岡 中学校
昭和44年 第20回大会 小坂 中学校 《両校優勝》 中学校
昭和45年 第21回大会 松原 中学校 平成13年 第52回大会 豊中第七 中学校
昭和46年 第22回大会 同志社 中学校 平成14年 第53回大会 四條畷 中学校
昭和47年 第23回大会 大体大付属 中学校 平成15年 第54回大会 蹉だ 中学校
昭和48年 第24回大会 明星 中学校 平成16年 第55回大会 関西大第一 中学校
昭和49年 第25回大会 豊中第三 中学校 《両校優勝》 東海大仰星 中学校
昭和50年 第26回大会 大体大付属 中学校 平成17年 第56回大会 楠葉西 中学校
昭和51年 第27回大会 大体大付属 中学校 平成18年 第57回大会 龍   華 中学校
昭和52年 第28回大会 上之島 中学校 平成19年 第58回大会 渋 谷 中学校
昭和53年 第29回大会 大正 中学校 平成20年 第59回大会 八尾東 中学校
昭和54年 第30回大会 守口第二 中学校 平成21年 第60回大会 大体大付属 中学校
昭和55年 第31回大会 八雲 中学校 平成22年 第61回大会 東海大仰星 中学校
昭和56年 第32回大会 八雲 中学校 平成23年 第62回大会 四条畷西 中学校
昭和57年 第33回大会 大正 中学校 平成24年 第63回大会 八 尾 中学校
昭和58年 第34回大会 守口第三 中学校 平成25年 第64回大会 箕面四 中学校
昭和59年 第35回大会 豊中第三 中学校 平成26年 第65回大会  錦 中学校
平成27年 第66回大会 高 安


 中央大会出場校
         第1回 〜

中央出場 16 16 16 32 32 32 32 32 32 32 32 24 24 24 24 24 24 24 24 24 22 24 24 24 24 24 24 24 0 24
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
富田林一 14
柏原 11
吹田三 10
盾津 10
殿馬場 10
誉田 10
八尾 10

                     印は優勝校  

 第十七回大会新聞報道

       歴代の代表校

  

    第1回大会新聞 昭和25年(1950年)

    第1回 〜
        


             第21回 〜   
         
             第35回 〜
         
             第49回 〜
         

歴代の選手

 第1回坂崎一彦、近藤一彦
 第8回土井正博
 第23回岡田彰布(明星)、
 第27回ドカベン香川伸行(浪商)、牛島和彦(四条)、
 第30回桑田真澄(大正)、西山秀二(大正)、西岡洋(桂)、南渕時高(縄手北)など’(参考サイト 準硬式野
2010・01/08修正
 2009年  北野駿人投手(日本航空-専修大)  中田選手(明徳義塾ー亜細亜大ー中日) 大儀和紀投手、岩田選手(東大阪大柏原) (龍華中学校 平成18年度優勝メンバー)  
 枚方四中卒 東海大仰星 石田 隆司くん 楽天に指名される。 

 2008年 甲子園出場に準硬式野球経験者
   日本航空  北野  龍  華中卒
   鳥取西    小畑  樟葉西中卒




  一心に 白球を追った六十年
     
        大阪中学校体育連盟準硬式野球部
          六十周年記念誌
    


最近の中央大会最多出場校       

2005年〜2009年

最近の5年間 2005 2006 2007 2008 2009
学校名・大会 56 57 58 59 60
関西大学第一 5
箕面市立第六 4
池田市立渋谷 4
守口市立第一 4
八尾市立南高安 3
箕面市立第三 3
東大阪市立弥刀 3
体大付属 3
池田市立細河 3
八尾市立成法 3
八尾市立大正 3

中央大会 5年間で3回出場は 中央大会出場の半分ではなく11校です。 
厳しい現実です。 そして、優勝はもっと厳しい。
関西大学第一はこの統計の前年(55回大会)で優勝しています。
 さて、今年の出場校は

最近の10年間 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
学校名 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 最近の10年
関西大学第一 9
守口市立第一 8
八尾市立竜華 7
八尾市立南高安 6
体大付属 6
池田市立渋谷 6
東海大仰星 6
八尾市立大正 6
池田市立細河 5
八尾市立成法 5
東大阪市立枚岡 5
豊中市立第八 5
枚方市立長尾 5
豊中市立第十六 5

          印は優勝校

 第60回大会記念品
記念のタオルです。 刺繍で仕上がっています。
 準硬式野球の広報・宣伝の役割をした、このhp運営・管理に対して
 大阪中学校体育連盟 準硬式野球 から頂きました。

 本当に有難うございました。 報われました、感謝したします。
「ネクタイ」 記念と中体連のシンボルが織り込んであります。 立派な物です。


準硬式野球の重鎮
「かっしゃん」こと柏原正俊先生と伊藤隆男先生 
 2009年8月13日花園球場で

 2人から資料をお借りしました。大変な歳月ですので整理に時間がかかります。
伊藤先生からお借りした記念


 
 伊藤先生よりお借りしたプログラム

 柏原先生よりお借りした資料



 量が多いので整理するのに時間がかかります。

プログラム・写真などの資料をお送り下さい。活用させていただきます。


準硬式野球60周年記念
「輝け青春」
大阪日日新聞
2009















「野球」再発見 連載スタート
 毎日新聞
(滝口記者)

[そう語る為沢教諭は同僚の上村和功教諭(59)の協力を得て昨年、中学準硬式のホームページを開設した。来年は第60回記念大会、希少な存在となった準硬式を少しでも広めたいとの思いは強い。]

毎日新聞2009年5月30日
 第45回大坂中学校優勝野球大会 作 牧岡中学校 長江先生





            優勝 長尾中 
                         

私の思い出    
     
     豊中市立第九中学校
     私の教え子です。 投手 仲田  キャッチャー 大西
     仲田は申し分ない投手で野球に精通し、センスも良かった、その後、豊中高校でアメカンに変更、卒業後 関西学院大でクオーターバックで活躍する。
     大西は 今 箕面の繊維団地でラーメン屋を営んでいる。
 日生から巣立った
   先輩たち
     ”球児の夏”に燃えた青春

      鶴岡と投げ合った高田

    ドカベン香川
       26回、27回連続優勝



超中学生級の 怪腕桑田     チョット打てないなど快腕ぶりは、語り草だ!

   豪腕牛島 VS ドカベン香川  浪商で黄金のバッテリー
    高校では、春夏甲子園出場を果たした。
    高校3年の選抜高校野球で準優勝
   捕手として 古久保  大成高等学校   出身地 豊中市
    現在は東京ヤクルトスワローズ二軍バッテリーコーチ。


  続編A 
ミスタータイガーズ
 (前)阪神球団監督 岡田
 「甲子園」を夢に描いた岡田
 明星のエースとしてマウンドに登った。



当時の役員







 中央大会の出場数は現在の24校は12大会からで
  12回大会からは豊中・山本・大浜地区の三地区で争われた。
   20回大会までの足取りを掲載します。 最高は12回の富田林市立第一中学校
中央大会出場 16 16 16 32 32 32 32 32 32 32 32 24 24 24 24 24 24 24 24 24 出場
学校名・大会 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 合計
富田林一 12
殿馬場 10
八尾 9
誉田 9
高石 8
吹田三 7
岸城 7
 創設期の活躍した学校
出場 1 2 3
高石 3
高槻一 2
追手門 2
新北野 2
2
田辺 2
城陽 2
八尾 2
殿馬場 2
三国 2
上宮 2
出場 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
6
田辺 6
文の里 6
城陽 6
岸城 6
加賀屋 6
  11回までは4地区(豊中・山本・中百舌鳥・桜ノ宮)
    行なわれていました

        印は優勝校


返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」

返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」とは

「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」と言う言葉を使うと、よく「ダッシュって何ですか?」と問いかけられることがある。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は私が野球の指導を通しての考え方の根本であり、私自身のモットーでもある。また、指導者として子どもたちに伝えるべくものの最も大切にしている思いの1つである。「人格形成」という言葉があるが、「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は「人格形成」に欠かせない要素である。

いろいろいなところで「あいさつ運動」が行われ、私が「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」という言葉を用いると、「あいさつは大切ですね」と「あいさつ運動」について話してくださる方がたくさんいる。しかしながら私の言う「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は「あいさつ運動」ではなく「あいさつ運動」とはセクションの違うものとして「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」をあつかいたいと思っている。

私はこの「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」をモットーに野球を指導する中で、野球人としての最も大切な要因として用い、練習シャツの背中に文字をいれたり、リストバンドに文字を入れたりしながら指導してきた。そのために私のまわりでも、「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は野球で使う言葉であるとか、部活動(特に運動部)で使う言葉であるようなイメージでとらえられたりすることが多々ある。しかし、それは「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」の意味するところを表面的な言葉でとらえられているからであって実際はそれだけではない。

私は自分と出会った生徒たちが、野球部の生徒ではなくでもいろんな場面でもこの「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」の意味を心の中にとめていてくれて、自分自身のものとして「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」をたくさんの生徒たちが大切に扱ってくれて誇りを持ち胸を張ってくれていると思っている。

 野球にはゲームの「流れ」と呼ばれるものがある。形があるわけではないが確かに存在するものである。この「流れ」と同じセクションのものに「空気」「雰囲気」があるのではないだろうか。勝つときには必ず「勝因」があり、負けるときには必ず「敗因」がある。指導者は「勝因」を生み出すことのできる指導をするべきである。

例えば、長距離を走るという練習があったとして、監督やコーチが見ている場面では一生懸命走り、監督やコーチが見ていない場面では走るのを怠り歩くことすらある選手と、監督やコーチが見ている、見ていないには関係なく、自分との闘いの中で一生懸命に全力を尽くす選手がいたとして、選手には「どちらが上手になると思うか」と問いかけ、もしも「監督やコーチが見ていなくても一生懸命に全力を尽くす選手」と答えるなら、指導者は「上手くなる選手になりなさい」と指導すればよい。選手は自分で一生懸命がんばる方を選択する。練習中、試合中、攻守交替等においてグランドの中を全力疾走を心がけ実行する選手と、適当に移動する選手がいたとしたら、指導者は「どちらの選手の方が奇跡を起こすことができるか」と問いかけ、もしも「全力疾走する選手」と答えるなら、指導者は「奇跡を起こせる選手になりなさい」と指導すればよい。練習中や試合中に、額に汗をかきながら大きな声をだしてボールを呼んだり、仲間をはげましたりしている選手と、声をださずプレーしている選手がいたとしたら、指導者は「どちらの選手がチームにプラスの効果を多くもたらすか」と問いかけ、もしも「大きな声をだせる選手」と答えるなら、指導者は「チームにとってプラス効果の大きな選手になりなさい」と指導すればよい。このような例は限りなくたくさんある。野球はがんばるけど勉強はがんばらない、野球はがんばるけど生活態度には問題がある選手と、野球も勉強もがんばり生活態度も真面目な選手がいたとしたら、まちがいなく野球も勉強もがんばり生活態度も真面目な選手の方が輝く条件を整えているであろう。さきほども述べたように勝つときには必ず「勝因」があり、負けるときには必ず「敗因」がある。監督やコーチが見ていない場面では全力でがんばらない、全力疾走を心がけない、声を出すことをためらう、野球以外のことはがんばらないことが仮に「敗因」となりうるものであるならば、今すぐそれは改め「敗因」を取り除くことが大切である。

勝ち負けがすべてではないが、勝ちたいと本気で思うならば勝てるように本気で努力することはとても大切なことである。勝つときには必ず「勝因」があり、負けるときには必ず「敗因」があるが、「敗因」となるうるものは今すぐに改めることができる。ただし、今すぐ改めるとは言葉では簡単ではあるけれど、実際にはそれほど簡単なものではないかも知れない。しかしながら「敗因」とわかるものをあれやこれやと言い訳を並べて、かたくなに「敗因」を持続させる必要もない。「敗因」は今すぐ改めることができるが「勝因」にはどのようなものがあるであろうか。体力的なことなら何秒で50メートルを走ることができる、ボールを何メートル投げることができる、5kgダンベルを何回持ち上げることができる、テストで点数を何点取ることができる等、「勝因」となるべき要素を生み出すには長い時間を必要とすることがたくさんある。勉強やトレーニングを継続させることはとても強い忍耐力も必要であるし、目標値に対しての個人差もある。しかしながらすべての者がいますぐなしえることのできる「勝因」が「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」なのである。

「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は大切な人格形成の要因であると考えている。運動が少しくらい苦手でも、勉強が少しくらい苦手でも、今すぐ誰もが実行できること、されどそうそう簡単ではないかもしれないことが「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」である。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」を実行するか否か、どんな状況であってもそれが実行できるかできないかは「人格」に起因するものであると考えている。自分が好調であるときに、自分の気分が向いているときに「がんばる」ことは容易な場合が多い。しかしながら自分が不調であるとき、気分が向かない時でも歯をくいしばって「がんばる」ことはそんなに簡単で容易なことではない。1つのことがらを完成させるためには地道な努力がいる。夢を叶えるためにはゆらぐことのない強靭な精神力が必要である。地道な努力も強靭な精神力も、「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」を実行するには欠かせない要素である。

よく野球では「奇跡の大逆転」ということが起こる。9回うら2アウトランナー無しから本来なら最後の打者となりうる打者が例えばサードゴロを打ったとする。そんな場面で、たまたま打球を処理した三塁手が暴投しランナーがでて、そこから大逆転という場面は往々にしてありうることで目にする場面もある。人はこの大逆転を「奇跡」と呼ぶことが多い。「奇跡」を辞書でひいてみると「常識では理解できないような出来事」といった意味が載せられている。しかしこの1シーンは本当に「奇跡」なのであろうか。もしかしたら打球を処理した三塁手は処理したボールを握りそこねているかもしれない。その時に打者走者がサードゴロにもかかわらず夢を信じて全力疾走していたとすれば、三塁手はかなりあわてて握りそこねたまま一塁に送球するあまり、それが暴投になってそれが大逆転のきっかけになったかも知れない。もしもサードゴロを打った打者が、あきらめて全力疾走を怠ったならボールを握りそこねていた三塁手にも握りなおす余裕もできだろうし、あせって送球する必要もなくなり大逆転は生まれないという結果が残る。人はこの大逆転を「奇跡」と呼ぶかも知れないが、これは打者が全力疾走をした結果であり何も「奇跡」ではない。打球を処理した三塁手が、もしかボールを握りそこねていたらと想定したが要因はそれだけではない。それぞれの場面、それぞれの状況はその時一瞬だけでつくりだされているものではないからである。「奇跡」は偶然起こるものではなく「奇跡」はなるべくしてなるもの、起こるべくして起こるもの、また起こすものなのであると思っている。「夢」は「夢」で終わって叶わないものではなく「夢」は叶えるものであると思っている。9回裏2アウトで打ち損じたこの場面で全力疾走ができるかできないかは、この打者の人格が起因することなのである。この場面の全力疾走は、このときこの一瞬だけのことではなく、日頃のひたむきな練習、真面目な生活態度、心を一つにするチームワークなど、たくさんのいろんな要因によって生み出されるものであり、そこに発生している、その場面を生み出した要因はとても大切なものであろう。

「空気」や「雰囲気」は、「流れ」と同じセクションであるのではないかとさきほど述べた。静謐な環境には静謐な「空気」が存在し、緊迫した場面や場所には緊迫した「空気」が存在し、あたたかいやわらかい場面や場所にはほのぼのとしたあたたかいやわらかい「空気」が存在する。またこのような場面や場所においては、その場面や場所に適した「空気」が存在しなければならないし、目的の違った「空気」が存在したならば、それはその目的を十分に達することはできないであろう。その「空気」をつくりだすのは、その場所にいる人たちである。それが野球ならば、グランドに足を踏み入れたときにそのグランドの持つ「空気」は、その場所で日々鍛錬を積み重ねているチームの監督・コーチ・選手・その他チームに関わる人たちが生み出しているのである。グランドを訪れ、選手たちが来客に対して交わしてくれるあいさつや、接してくれるふるまいなどは「空気」の一端を感じる場面である。これは何も野球だけのことではなく、教室が整理整頓されている状態や、玄関の靴箱が整理されている状態や、校門付近の様子や、トイレや校舎内外の清掃状態等、数えきれば限りない。大切なことは、その場所にいる人たちの意思や意識がその場所の「空気」をつくりだしているのである。

野球の試合中、指導者は攻守交替の場面では「ポジションまで全力疾走しなさい」「ベンチまで全力疾走しなさい」と指導する。指示された選手たちも「全力疾走しなければならない」と思っている。しかし「流れ」をつくりだすためには、ロボットのように指示されたことをこなすだけでは不十分であるし、なかなかプラスアルファのものまでは生まれてこない。何のために全力疾走をするのか、それを実行してどうなるのかという意思や意識がその全力疾走の中になくてはならない。私は選手たちに「野球には流れがあり、目に見えない空気がある。自分ができる全力疾走で、流れを自分たちでつくり、自分たちの方に向けるんだという意思をもちプレーをしなさい」と伝えてきた。この全力疾走は必ず「勝因」につながるものである。1つのプレー、たった1球で野球の「流れ」は変わる。そのことはみんなが知っている事実である。野球の常識で「チャンスの後にピンチあり」「ピンチの後にチャンスあり」という言葉がある。チャンスを逃した直後の攻守交替では選手たちは往々にして守備につくのは遅い。ピンチをしのいだ選手たちは全力で駆けてベンチに戻ってくる。また、大きく点数が開けば開くほど、劣勢のチームの選手たちのダッシュのスピードは弱まってくる。優勢にたっているとき、チャンスを生かせたとき、ピンチをしのいだとき、うまくいっているとき等に全力疾走することは簡単なことが多いが、劣性のとき、チャンスを逃したとき、うまくいかなかったときにも全力疾走ができることはなかなか簡単ではなく、そこには強い意志やしっかりとした意識が必要となり、その意識が全力疾走という行動につながる。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」には意思や意識をもつ人格が必要であり、「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」とともに人格形成してもらいたい。

「意識」は「行動」を変える。「行動」は「習慣」を変える。「習慣」は「結果」を変える要因となる。「意志」「意識」を持って全力疾走を心がける選手やその集団は、常に全力疾走ができるようになり、常に全力疾走ができている選手・集団となる。「意志」「意識」を持って声を出すようになると、常に声をだすことができるようになり、常に声を出し練習している選手・集団となる。「意識」の改革が「行動」を変え、「行動」の改革が「習慣」を変え、「習慣」が変わることによって「結果」が変わることは野球だけのものではない。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は結果を変えるものとなる。がんばろうと思うことはすべての者が簡単にできるが、具体的にがんばることを行動に起こしたり、また持続させることはすべての者が簡単にできることではない。うまくいくときだけがんばることができたり、持続することができたりするのではなく、苦しいときでも辛いときでも歯をくいしばって黙々と持続させるこのできる強い「意志」を育てる「人格」が大切である。「思う」ことと「考える」ことは違う。「勝因」となる要因をうみだすことができるように考えなければならない。考えたらそれを実行する「意思」を持って「意識」し「行動」することが「勝因」を生み出す始まりである。思っていても「行動」が伴わないのは、思わないのと「結果」が類似する。「考える」ということは、思ったことをどうすれば実行できるかとプロセスを引き出すことなのである。

「言い訳」は進歩の最大の敵である。「あのときはこう思っていた」「これこれがあってできなかった」等の言い訳をするようでは「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」ができない。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」を実行するには「人格」が不可欠な要素である。

私はまた、「丁寧さ」と「ひたむきさ」に勝るものはないとも選手たちに伝えてきた。これからもおそらくそれは変わらない。好調なときは勿論のこととして、スランプや迷いに陥ったときも、ただ1つ信じれることは「丁寧」にコツコツと実行すること、「ひたむき」に歯をくいしばって前に進むこと、前進あるのみである。長いトンネルの中でいくらもがいていても出口は見えない。ああだこうだと言い訳をしているだけでは何も状況は変わらない。理屈を並べて行動しなければいつまでたっても「結果」は変わらない。長い長い出口の見えないトンネルの中であっても、ひたむきに歯をくいしばって自分の信じる方向に進んで行けば、たとえそれが遠回りであったとしても必ずその進む方向には出口がある。出口の光を見つけることができれば、進むべき方向にも自信がつき、さらなる努力を重ねることもできる。その時、単に自分の思いつきで進むだけでなく、風の向き、周りの状況等を的確に考え判断する能力が備わっていたなら、無造作に進むよりも正しく早く出口を見つけることができる。これは学習や勉強やスポーツにおいてもすべてにおいて同じである。成績があがらなかったらひたむきに勉強する。丁寧にコツコツと続ければ、必ず結果がついてくる。しかも、ただひたすらがむしゃらにコツコツ実行するだけではなく、その場面の分析と的確な判断があればそのコツコツはより一層効果的な結果につながることであろう。言い訳をする前に努力を続けてみることが勝利への秘訣の1つである。つまり「丁寧さ」と「ひたむきさ」には、コツコツと積み上げた努力の結果、学習し得たものとも重ね合わせさらなる結果を導く要因となるのである。

 

小さい頃、アイザックニュートンという人が木からリンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したと聞いた。しかしながらアイザックニュートンはただ漠然とその瞬間をすごした訳ではないと思う。それまでに自分が学習したこと、経験したこと、研究したこと等の積み重ねがあって、そのリンゴの落ちる場面に遭遇したのではないか。つまりアイザックニュートンが木からリンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したことは何も偶然ではなく当然の結果であったことである。

「丁寧さ」と「ひたむきさ」の意味が理解できない者は言い訳をしたり、努力を怠ったりすることが多い。また素直さに欠けることもある。自分の感情をコントロールできず「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」ができなかったりする。「感情のコントロール」ができることも「勝因」となる「要因」である。「感情のコントロール」も「人格」とつながるところが大きい。野球の練習では、ノックを受けている場面で、たまたまうまくプレーができずノックを打っているコーチから指示を仰ぐことになった場面を想定したみたとき、ある選手は「今のは打球がイレギュラーして・・・」「そうしようと思っていたのですが・・・」とまず言い訳をする、またある選手は「黙って聞き言い訳はしないが指示を受けたあともそのままプレーを続ける」、またある選手は指示を帽子をとって目を輝かせ「はい!はい!」と聞き、指示の後はまた「さぁ!来い!」とおおきな声を出してボールを呼びプレーを続ける。私は指導の場面でこんな例をもとに、もしも自分が上手になりたいと思ったときどんな選手になりたいかと、またどのタイプの選手が一番上手くなると思うかと問いかけながらチームづくりを目指してきた。選手は自分が上手くなるために、上手くなるのではないかと思うことを実行すればよいのである。

「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は全ての者が今すぐに実行できることである。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」が出来ない者は自分の「意識」を改革することによって、誰もが行動に移せることができ「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」が出来るようになる。「意識」が変われば「行動」がかわる。「行動」が変わることによって「習慣」が変わる。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」が自分の「習慣」として身につくことで必ず「結果」が変わる。「結果」がうまれてくるのである。野球ならばチーム内において「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」が習慣となっていれば、練習の様子、試合の様子、日頃の生活の様子、物事の考えかたなど、それができない「敗因」の多いチームと比べればいろんなことが違ってくるであろう。

「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」が習慣となっていれば、このチームの中に勝因となる「空気」が生まれ存在することになる。集団の中にはきっと何かの「空気」が存在し、その「空気」は人を育てる要因を持つ。学校の現場では清掃活動を徹底したり、花壇を綺麗にしたり、あいさつ運動をしたりすることがよくある。その意味や意志を統一することによってその集団、その場所には単なる清掃活動や単なる花壇の手入れや単なるあいさつ運動だけではなく、集団が「意志」を持った1つの「空気」を生み出す結果となる。その「空気」が人を育て、人格形成にとって大切な要因をつくりだすである。

勝つときには必ず「勝因」があり、負けるときには必ず「敗因」がある。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」の実行はまぎれもなく1つの「勝因」である。

 

「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」からコミュニケーション

 前述したように「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」ができるということは、物の考え方や取組みに対するプロセス、感情のコントロールやモチベーションのコントロールがある一定のレベルでできるといった状態である。「意識」「行動」が一定のレベルに達すると野球においては(野球だけではないはずである)個人や個人が所属する集団がより高いレベルの目標を設定し、より高いレベルの「行動(プレー)」ができるようになる。1つの目標をクリアすることができたなら、また次の目標が見え、次の目標を設定することができる。「意識」「意志」を持って「行動」ができるようになっていたなら、そこには「考え」「考えのプロセス」が生まれている。

 例をあげてみると、塁に出た走者に「スタートを切る(盗塁を企てる)」という課題を与えたとする。しかもその課題に5球以内というような条件をつけると、最初のうちは大部分の選手がとりあえずスタートを切る。とりあえずスタートを切っているうちは成功の確率も少ない。しかしながら何回が繰り返し、そこに「考え」が存在すると成功する確率が高くなってくる。「投手はいま、直球、直球と2球直球を続けた。だから3球目は変化球であるかもしれない。変化球の確率が高いと判断したのでスタートを切った。」とか、「リードを大きくとると投手が自分に対して気を使う比重が高くなる。リードを大きくとると高い確率で牽制球を投げてくる。そこで自分はあえてリードを大きくとり投手に牽制球をなげさせた。さらに牽制球を投げてこられても同じようにリードをとり、続けて2球の牽制球をなげさせた後、半歩リードを小さくした。だから投手は小さくなったリードを見て牽制球を3球続けることはないと判断したのでスタートを切った。」など選手たちの「意識」「意志」「考え」に変化が起こったうえで「スタートを切る」という「行動」につながってくる。成功の確率が低い最初の頃は、「なぜ、いまスタートを切ったか」という「なぜ」に対する答えを持つ選手は少ないが、「考え」というプロセスが発生すると「なぜ」という問いに対する答えを持てる選手が増える。「考え」を持ち、「なぜ」に対する答えを持つことにより盗塁を成功させる確率は明らかに高くなる。

 このことは、なにも「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」が出来るか否かとは関連のない事例ともとれる。しかしながら実際に選手たちに指導していると、このような「考え」を高い「意識」で持てるようになるためには、いろいろな要素が選手に備わっていなければならないことを感じる。また、個々の選手がこの「考え」を持つと、「意識」の高い集団は、集団として他の選手にもこの「考え」、「意識」が伝わるのである。この伝わるツールが「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」のもつ目には見えないものである。不思議なもので監督・コーチと選手のあいだで交わされる「なぜ」という問いに対しての答えを述べるというコミュニケーションが確立されると、「意識」の高い集団においては、「なぜ」という問いに対する答えが実際の言葉であらわされなくとも、チーム全体にコミュニケーションとして伝達されるのである。不思議とは言ったが、「奇跡」と同様に「意識」が高いのであるから当然である。

 コミュニケーションはチームのレベルを非常に高める要素がある。練習をしているとたくさんの課題が見えてくる。例えば守備練習でランナー1塁の場面を想定して、ショートゴロからセカンド、ファーストと転送される併殺プレーの練習中に、セカンドベースよりのゴロを処理したショート(遊撃手)が、ホースプレーにはいったセカンド(二塁手)に対してボールを上から投げて送球した際にセカンド(二塁手)が落球したというミスが起こったとする。このような場合、ミスをただ単に1つのプレーとして通りすぎるか、そこでショート(遊撃手)とセカンド(二塁手)との間で、今の距離は上から投げるべき距離であったのか、下からトスするべき距離であったのかというコミュニケーションを行うかで、1つの練習の効果が大きく変わってくる。投げたショート(遊撃手)は、送球する距離を遠いと判断し、どのタイミングでセカンド(二塁手)がベースにはいるかということを想定して送球したが、送球を捕球し1塁へ転送しようとするセカンド(二塁手)は、自分がベースにはいるタイミングを考え、当然トスされたボールが送球されてくると判断している。ここで、2人のプレーヤーがコミュニケーションをとることによりこのミスに対する意志の疎通が図られ、次のプレーでミスの起こる確率を少なくするのである。このようにコミュニケーションによってプレーの確実性やレベルを高めることは当然の結果であり、また、日ごろからコミュニケーションを必要とした「意識」「意志」の高い集団であれば、1つのコミュニケーションの場面が全体に共有されることも多々ある。「意識」「意志」を高めるために自分の「意志」を的確に整理して伝えることができるというコミュニケーション能力が備わった選手であることも求められる。このコミュニケーションにおいても「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」が出来るか否かとは関連がないともとれるが、確かに関連のある事実であると私は思う。

 コミュニケーションの必要性は選手同士だけのことではなく、監督・コーチと選手のあいだにおいても同様である。監督は選手に対してサインを出す。1つのサインによるプレーがどのような意味を持っているのか、監督がこの1プレーで何を意図しているのかが選手に伝わらなければならない。チームが先攻で1回表、無死で先頭打者が四球を選び出塁した。監督は次打者の1球目の「待て」のサインをだした。この「待て」は「単に1球様子を見る」といった「待て」ではない。監督の「意志」は、試合開始直後の投手の調子に加え心理状態も読みとろうとし「様子を見る」ための「待て」を選択している。このことは打者に伝わっているかも知れない。しかしながら監督はさらにこの状況に加え、さらなる「考え」を持っている。もしも相手がこちらの攻撃をバントと決め三塁手が前進守備体系からバントさせまいとプッシュをかけ、さらに投球と同時に一塁手もプッシュをかけ、二塁手は一塁ベースカバーにまわるという確実にバントと決めつけた守備体系をとるなら、打者にとってヒットゾーンは拡大する。もしも相手が攻撃のさまざまなバリエーションを想定し、それほどプッシュをかけてこなければ逆にこちらはバントを選択し成功させる確率は高くなる。相手投手の試合開始直後の様子と心理の状態だけでなく、相手の「考え」を引き出しこちらの「考え」を選択しようとしている。ならば、この「待て」は「単に1球様子を見る」だけではなくなるので、監督から「待て」のサインを受けた打者はバッターボックスでバントの構えをしてみるといった「行動」が生まれる。バントの構えを見た相手が1回表、無死走者1塁といった状況をもとにバントと決めつけた守備体系を選択するならば、バント姿勢からカウントによればバスターという攻撃の選択も生まれてくる。牽制球がないならば単独盗塁でスタートを切ることもありうる。こうした監督の「意志」の疎通は、日ごろの徹底した練習とコミュニケーションが重なり成り立つものである。この「意志」の伝達が出来るか否かは「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」ができている集団とできていない集団では伝達速度伝達精度も違ってくる。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」の持つ要素は単純なものではない。

さきほども述べたが勝つときには必ず「勝因」があり、負けるときには必ず「敗因」がある。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」の実行はまぎれもなく1つの「勝因」である。

「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」からこだわりと責任感

 「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」が自分のものとして身につくようになると、「行動」が変わり「習慣」が変わってくる。毎日毎日汗を流して練習し、監督・コーチが意図する指示を自分の中で確実に理解し、また、繰り返しの練習の中で自分のものとして身につけるといったサイクルが生まれる。ただし、繰り返しにおいては単なる繰り返しでなく、さきほども述べたようにそこには「考え」や「意志」がなくてはならない。繰り返し練習(反復練習)は確かに必要であるが、繰り返し練習の仕方(内容)がその質を問われる。その質とはつまり繰り返し練習の中に「考え」や「意志」が存在である。打者が繰り返し練習で素振りをする。よく目にする光景だかチームの何人かが輪になり、順番に「いーち、にー、さーん・・・」と号令をかけ、それの号令にあわせて数人が素振りをしている。このとき選手たちが受けている指示は「100本素振りをしなさい」とか「200本素振りをしなさい」という指示が多い。この素振りを見れば、日ごろのそのチームの練習の状態や個々の選手のモチベーションやこだわりがよくわかる。素振りをしている選手に「いま振ったのは、どのような投球に対してですか?それは内角ですか?外角ですか?高めですか?低めですか?直球ですか?変化球ですか?」などと問うてみると「考え」や「意志」を持ち、質の高い練習を日ごろからコミュニケーションを重視し指導されている選手たちは答えることができる。しかしながら形の整った練習に外からは見えても案外この問いに対して答えることのできる練習をしている選手やチームは少ない。自分はいま「真ん中直球」に対して、「外角カーブをライト方向へ」「内角高め直球を叩けるように」というように「考え」「意志」を持ち素振りをするのが素振りであり、その素振りを複数回繰り返すことが繰り返し練習である。「考え」「意志」のないものは練習と呼ぶにはふさわしくないのではないかと私は思う。確かにバットを振る、素振りをするということは筋力的にも必要ではあるし無駄であるとは言わない。しかしながら「考え」「意志」のない素振りを100本続けるならば、「考え」「意志」を持った素振りを20本こなす方が有効である。そこには素振りをしている選手が、「うまくなりたい」「打てるようになりたい」「内角の速い球に振り遅れたくない」「外角の変化球をうまくライト方向へ打ちたい」といった「考え」「意志」につけ加え、家に帰ってでも素振りをしようという高いモチベーションや「こだわり」や、自分はいいプレーをしたいという思いやレギュラーであるといった「責任感」が「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」とともに育っている。

 イメージトレーニングというものがあるが、「考え」「意志」をもち「こだわり」「責任感」が生まれると練習は必要不可欠にイメージされたものとなる。先ほどの素振りも1つの例であるが、投手のブルペンでの投球練習にも顕著に結果が現れる。例えば60球の投球練習を指示されたとすれば、ただ単に60球投げ込んでも60球であるし、1球1球いま打者は右打者なのか左打者なのか、カウントはいまどんな状況なのか、ランナーはいるのかいないのかなどと場面を想定し「考え」を持ち練習しているのとでは当然結果が変わってくることは疑いのないことである。場面を想定した「考え」の伴った繰り返し練習をしていないと、実際の試合ではなかなか自分がイメージしたボールを投げ込むことはできない。自分がピンチに立ち、困ったときは「外角低めに直球を投げ込む」とか「このカープではかならずカウントがとれる」といった「こだわり」を持ち、その中でウイニングショットを完成させる。「自分が投げるんだ」「自分が試合をまかされているんだ」という「責任感」がモチベーションの高い練習をつくりだすのである。

 「行動」に変化が現れる状態までモチベーションが高まっていれば、選手はチーム練習を離れても個々の練習を計画的に実践するようになる。家に帰って時間を有効に使いランニングをしたりダンベルトレーニングをしたり素振りをしたりするようになる。しかも「考え」「意志」を持ったイメージされた練習内容になる。また、練習で自分が感じ取った内容や指示された内容を自分の中で消化しメモに残すといった場面もあるかも知れない。そこには「うまくなりたい」「レギュラーをとりたい」という向上心が当然ある。チーム練習でうまくいかなかったことを整理して、うまくできるようになりたいといった「こだわり」や強い「意志」もある。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」という今すぐ誰にでもできるがされど簡単なことではないということができるというベースが個々にあれば、チームも選手もどんどん向上していくのである。指導者は、個々の選手のモチベーションを高め、「考え」を持った「行動」ができるようにコミュニケーションを活用しながらチームづくりをすることが必要である。家に帰ってからも自主トレーニングをしようと「思い」、「できる」選手がたくさんいたなら、それは指導者が良い練習ができていたという1つの「結果」であろう。

 「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は形だけのものではない。そこには「心」が育っていなければならない。「心」が育っていないものは「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」ではない。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」には「こだわり」と「責任感」に加え「誇り」もある。自分は野球人であるという「誇り」、自分は「どこどこのチームの一員である」という「誇り」である。チームの名がはいったユニフォームに袖を通すということは、自分はそのチームの一員であるという責任を担っているということである。練習ユニフォームに袖を通すということは、自分は野球人であるという「誇り」を担うということである。野球人ならば「さすがに野球をやっている人は素晴らしい」と言わせたいものである。また、「さすがに野球をやっている人は素晴らしい」と言わせれるだけのものを備えなければならない。野球の練習は一生懸命取組んでいるかも知れないが、教室での行動はとても一生懸命とは感じとれないような選手がいたなら、その練習での一生懸命は一生懸命と呼ぶに値しない。野球でのプレーは高い技術を持っているかもしれないが、とてもひたむきに一生懸命といった学校生活態度でないといった選手がいたとすれば、プレーの技術は高いかもしれないがその選手は一流選手ではない。なぜなら、「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」の中にあるものは「ひたむきさ」と「丁寧さ」に勝るものはないからである。「奇跡」は偶然に起こるものではなく起こすべく必然なものであるからである。「さすがに野球をやっている人は素晴らしい」と言わせたいのは、指導者としての願いも含まれるかもしれない。しかしまぎれのない事実は「丁寧さ」と「ひたむきさ」に勝るものはなく「丁寧さ」と「ひたむきさ」は信じることができるということである。

繰り返すが、勝つときには必ず「勝因」があり、負けるときには必ず「敗因」がある。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」の実行はまぎれもなく1つの「勝因」である。

「!」は「返事」「あいさつ」「声」「ダッシュ」1つ1つへの気合と思いであり、最後の「!」は「返事!あいさつ!声!ダッシュ!」全体への気合と思いである。「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」は私が大切にしている思いであり、これからも大切に伝えていきたい思いである。

「返事!あいさつ!声!ダッシュ!!」に勝るものはない。


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