喜ばれる贈り物  「とよなの歴史・文化財ガイドブック」  
道標・  
道しるべ

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本サイト著作権に対する中傷・侮辱に抗議する。
大阪市の道標 順次アップ 5/18 一覧へ
茨木市の道標一覧作成  4/13 一覧へ
 

 能勢街道には勝尾寺の表示は少ないが、新高公園の道標は
   勝尾寺を示す最南端の道標になる、
   この後は 明治末の三国の地図によると
   能勢街道は「三国の渡し」で豊中に入り、能勢街道は三国街道を表示しており、一般に言われる能勢街道は別名で表示されている
 「池田道」になっていた。 後日その地図をアップします。 
  考古地絵図 明治末期 大坂府西成郡北中島村

 同様な表示「池田道」が下記の地図にも
服部以北だが能勢街道を「池田道」と表示
  
摂津国豊嶋郡原田村絵図  文政7年4月(1824)

   勝尾寺へは 横関街道。本庄街道を使うのが
   近道で一般的だあったのであろう。

  
  同じ方向で
行き先違う表示について
  
         新高公園の道標      神津神社 道標C(小嶋北口道標)
「東すぐ 三国 ■■ み乃勝尾寺 乃セ」              「右ハ小島村宮稲荷社、
「南 卍 ← かんざき 伊丹 中山」
            すぐハ十三、左りハ本庄道」

この二基は 同じ方向で行き先が違う表示がしてある。 
 このような場合 次のように考える
 「すぐ」を主に考え、まっすぐ進みなさい・途中でまがりなさいよ。」ということだ。 
 このことで この2基の道標の案内は理解できる。
 新高公園の道標であれば 三国を目指し途中で左に折れ かんざき、伊丹、中山を目指すことになる。
 小嶋北口道標では 十三を目指し、途中で右に折れると神津神社である。
 詳しくは こちら
 

 侮辱的な発言 「他の人が見つけたかもしれない」 名誉毀損 非常識
 Web上の著作権はないのか!

 本サイトの著作権に対する中傷・侮辱に抗議する。
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 これはWeb上で当たりまえのことです。著作権を知らない職員がいます、この市はどうなっているのか!自分の発表に著作権がないといっているのと同じです、大変なことです。
というよりか、わけが分かりません。 一般の人でも知っていることを何か利権が動いているのか!それとも・・・・・   侮辱的な発言です。教育に関係している者が著作権を知らない人に「それは 著作権がありますので」など、素人に言い聞かせるのが教育に関係している者のとるべき行動です。
 用件は私がWeb上で公開している「見つかった道標」に記載されていることです。このページに記載するにあたり、各方面に確認を取り、掲載していますし、すでに何年か経っているものは、「見つけた道標」として認められたことになります。
 それを「他の人がみつけたかもしれない」 これは私に対する侮辱ですし、道標に対する名誉を傷つけています。
 見つけた道標は「私の宝です、」 見つけたことに対する中傷、侮辱に対し強く抗議する!
「他の人が先に見つけてかもしれない。」もしそのような人がいたとしても、知っていても、「公開」していなければ「認知」されません。それが一般的であり、法律的にも認められています。 知っている人があれば、「これを見つけました。」と市に申告するはずですし、私の耳にも入ってくるはずです。公開して2年間ですので 私に連絡がありませんので、見つけた道標は一般に認知され、「管理者が見つけた物」となります。それが 事実です。
 他の人が言っていました。新しい大理石のに天明元年の銘の入った道標があります、「新しい道標でも200年たったら立派な道標だ!」と同じです。
私を侮辱していますし、道標など調べている人を侮辱しています。 歴史、文化の分からない人が言うことです。 
 最近は このような人は 「僻んでいる」 と思っています。 市の職員も同じか!  だが、
2011/05/28
 今日は 「浜屋敷」でボランティア 
 珍しく訪問者がありました、メールでのやり取りだけですが、先日 「十三のこの公園を知りませんか!」にすぐに 自転車で探し回ったいただいて、「新高公園」をお知らせいただいた
「osakawalker」さんです。台風の接近が言われている中 わざわざ 「浜屋敷」お出でいただきました。
 有難うございました。
 別の予約が入っていましたので長い会話にはなりませんでした。 gpsはいいですね! 今津っ子さん、新之介さん、方のお話をしました。お互いに協力して行きたいとのことでした、
今後ともよろしくお願いします。
 「大坂を歩こう」さんは つぎは能勢街道をチャレンジとのことでした。
 新之介さんは「西国街道」皆さん頑張っていますね。
 管理人は 亀岡街道に関連した大阪市の道標の拓本を考えています。
2010/11/27  大阪府最高峰金剛山  道標


   右 よしのかうや  道
   左 いせならはせ  道

困っています・探し物・情報をお寄せください。             NO.1
                依頼者 点と点            
                豊中市立第十三中学校 06-6843-7061      
                自   宅 ファックス   06−6876−5859
                メールアドレス pc007☆nike.eonet.ne.jp
                   ☆を@に変えて送信してください。

下新田村(旧春日町)にあった道標について
 道標に書かれた文字、立ってた位置、また、上新田・豊中に通じる道・街道について些細なことでも結構です。 また 調べる方法についてでも結構です。  情報を待っています。       

    下の道標が下新田村の道標ですか!

 このページは 検索で「小野原 イルミ」でヒットしたページです。
 「立て札」と題しましたが、「道しるべ」、「道標」で継続したいと思います。

 古い家並みが無くなり、北摂には街道として旧西国街道があり、いまだにその面影が残る「旧街道」を「道しるべ」として記録したしたいと思います。
 「道しるべ」は公共のものですが、国が作ったもの「一里塚」ではないようです。 個人が、また講を形成し 目的地に迷わず着くように建てたものではないかと考えます。 庶民の文化遺産 だから 愛着がわきませんか! 
 道しるべに国宝などはありません、?  現存している道標は江戸時代です。ところが 北摂で古い道しるべは 脅威の室町時代で1451年の高槻市田能の巡礼道標です。 箕面市には江戸時代1672年のものがあります。
 箕面市教育委員会では、「西国街道の道標展」(西宮神社〜羅城門)が開催されました。2006年8月1日〜11月26日(金) 
「箕面から大坂への道しるべ」2009年9月4日〜12月7日木曜日休館

2010/6/3 豊中の道標マップ吹田の道標マップ作成

2010/3/20 江坂西西道標聞き取り調査

3/16  今回 「池田市から京へ」を取り上げました。
「勝尾寺への道 道標」
    吹田市佐井寺の信仰道   

01/21 間道は 「津戸の中道」 「津戸の中道」U でした。
「とよなか歴史・文化財ガイドブック」 p73
 

未確認道標一つ減りました。 2010年1月3日 正徳四年 能勢町川尻

寛文11年道標 「才の神峠」

みぎ ふたすじハ やまみち
         ながたにむら
たにハ ぎんざん ありま  
ひだりハ いけだみち    
     きりたに  きよまさ



「京への道」 検証中

見つけた道標 まとめてアップしました。 4/18
今期最大の発見

 上新田西口の道標
その他  妙見口  仏眼寺
ブログ

 点・ 道しるべ

  線・ 道、街道 

   面・ ・・・・


石物の溝

京への道
見つけた道標
(記載のない道標)
2コ判明 マップ

吹田市の道標

吹田市の資料
巡礼道はこちら  池田市道標一覧 
資料「池田を歩く」より 平成16年 教育委員会
 府下4番目   グラフいけだ No27
10/18、9/1、8/8、6/17追加 「グラフいけだ」より

 街道を探る  
  熊野田街道
 その1その2その3 
  追加
3基追加
豊中市の道標 今は
ガイドブック販売中

写真集  2008.10.25 終了
大阪道 勝尾寺の帰り

勝尾寺表参道
大阪府最古の道標
 3位の道標
 兵庫県最古の道標
柳谷観音さま
  場違いな道標 
未来の考古学者
今は・・・

「福西 茂 画集」
豊中の歴史資料
「豊中の史跡たずね描き」

最古の街道

竹ノ内街道・太子
資料集 1,500 円
亀岡街道・西国街道

摂津市・茨木市・箕面市
多田街道・西国街道

伊丹市
不明な道標についての考察
能勢街道の迂回路!

なんて書いてあるの 道しるべ
豊中で一番古い?? 能勢妙見宮常夜燈

豊中市

三国の渡し

大阪市
南町・六地蔵道標 V

吹田市教育委員会
美 山 

新設 kyoto
道しるべ 

 太子町 名張市 大山崎

道しるべ

花 園
道しるべ
熊野田道 ・ 勝尾寺表参道地図
地図U
 上新田
小説 「点と線」ではありませんが、
  道しるべを列挙

道しるべ・立て札

箕面市教育委員会

道標U 三つ辻

吹田市教育委員会
 イルミ

 観 月 
home
道標  年表     西暦のリンクは参考資料。 
                          ラベルの白い部分は未確認。
1451 宝徳三年 高槻田能
 2010/1疑問の声が
穴太寺巡礼道
1532 天文元年  2010/4
大阪玉川町
尼崎街道
1661 万治四年 河内長野小深 河泉街道
1668 寛文八年 宝塚市指定文化財
宝塚姥ケ茶屋

  ばんがちゃや
有馬道
1669 寛文九年 伊丹市有形文化財
寛文9年銘道標
西国・池田・伊丹
伊丹市立博物館
1670 寛文十?年 池田東山 摂丹街道・余野街道
1670 寛文十年 池田久安寺 摂丹街道

1671
寛文十一年 能勢町指定有形文化財
 才の神峠
銀山街道
1672 寛文十二年 川西加茂
1672 寛文十二年 箕面萱野 西国街道
★1672 寛文十二年 池田東畑 巡礼道(勝尾・中山)
1691 元禄四年 箕面新稲 巡礼道
1701 元禄十四年 伊丹辻  西国街道・多田街道
★1704 宝永元年 池田油かけ 巡礼道
★1712 正徳二年 池田大広寺前 巡礼道
1714 正徳四年
豊能川尻
池田街道
1720 享保五年 箕面牧落 西国街道・箕面街道
1748 延享五年 2016/05/07

能勢牧梅相院地蔵
与野街道
1774 安永三年 池田古江橋 能勢街道
1781 天明元年 上新田 勝尾寺参道・佐井寺
1782 天明二年 上新田 勝尾寺参道・三国街道
1791 寛政二年
神津神社 大阪市
能勢街道
1792 寛政三年 豊中刀根山公園 能勢街道
1802 享和二年 箕面小野原 西国街道
1821 文政四年 豊中豊島小学校 能勢街道・吹田街道
1827 文政十年 名張市 伊勢街道
1831 天保二年 池田石橋3丁目 西国街道・能勢街道
1833 天保四年 池田天保四年 巡礼道
1839 天保十年 池田新町 能勢街道
☆1852 嘉永五年 昆陽寺山門前 西国街道
☆1862 文久二年 門戸岡田町 西国街道
1867 慶応三年 刀根山元町北会館 能勢街道
三国の渡し 大阪市三国 能勢街道
           2007年 7月 表作成 以後追加あり
  2016/05/07 久しぶりにこのページを見ました。
5年間も見ているのに気づきません。 
能勢まで行ってきました。 先日、能勢に行ったのですが  

埋まりました。探索道標  後 2つ 
2011年11月07日 道標のチェックをしていました、
寛政二年 神津神社 大阪市 がありました。
今年の4月に探索していました。


2010/4/9 天文元年 大阪玉川町 大阪府2番目の道標
2010/1/3 正徳四年 豊能川尻道標 確認
2009/7/12 寛文十一年「才の神峠」道標 確認

2009/3/20 大阪府3番目に古い道標(河内長野市小深) 確認

兵庫県最古の道標追加 姥ケ茶屋(宝塚市)寛文9年銘(伊丹市)

昆陽寺山門前 門戸岡田町 確認 1/12
能勢町川尻・能勢町牧梅相院地蔵 追加 12/9
箕面新稲
 確認 11/23
箕面新稲 追加10/25
猪名川町才の神峠(槻並)、川西市加茂 追加 10/23
池田市油かけ  10/12 後 5コ よく頑張った。あと一息 遠方ですので1日がかりとなります。
池田市東畑池田市大広寺前 池田天保四年  追加 9/17
★印  池田市社会教育課 資料「池田を歩く」より 四件追加   一件追加 9/17、9/1 
東畑の道標(寛文12年)、 油かけ(宝永元年)、大広寺前(正徳二年) 池田天保四年
池田市東山  池田 古江橋 追加 8/8
 高槻市田能  追加6/21
箕面市牧落  追加6/19
池田市久安寺 ・ 池田新町 地蔵堂 追加 6/17
府下で古い道標5つを追加しました。 穴太寺(高槻市田代)の道標が宝徳三年(1451)で一番古いとされています。増えて あと11こ
伊丹市「辻の碑」の手前  以前 4月頃見に行きました。11個目  あと 6つ
石橋3丁目の道標 10個目 5/10              
刀根山公園の道標追加  刀根山元町北会館 9つ目 5/6
  
  ☆印 箕面市教育委員会主催「西国街道の道標展」より    追加  2/25                               
    能勢街道の道しるべ年代順に上げました。 但し 萱野、小野原、上新田2つ、豊島小、名張市、三国橋 の7つ 以外は他にリンク
    写真を撮りに行き、充実したいものです。    この表のリンクの説明 西暦は他の資料、場所は私の資料。
   街道マップ集 
       2009/6/15上新田
      
より大きな地図で 上新田の道標 を表示

              豊中市    吹田市    川西市    
高槻市

      記載ない道標  更新中 3/25 設定2008/9/7  高槻街道2009/5/19   報告忘れ巡礼道2008/11/12あと2つ
      勝尾寺街道表参道 追加 6/7、5/10   能勢街道池田市内を追加 2008/10/24、8/31、8/8,5/14
       竹之内街道 5/5   小野原街道 追加 5/6   能勢街道刀根山 追加 5/5   
       吹田街道     亀岡街道     西国街道 2009/5/21追加中  2008/6/14新設
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リンクサイト


大阪を歩こう

多くの道標がまとめてあります。

   街道歩き

 すごい人がいました。このサイトよく調べてありました。一度見て下さい。
 自分の家の周りに道しるべがありませんか
 
 
 
石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋 

  総合計3、450の橋を写真に納めてあります。
 道標を探している内にこのサイトを見つけました。
この人もよく調べてありました。すごい人です。
  宮崎県のひとです。
  大阪におもしろい鯨橋があるので紹介します、
    石橋に興味のある方は一度ご覧下さい。
 

古道・歴史街道の部屋         阪神間の街道を歩く(今津っ子)
更新中

年号・西暦 表 
熊本国府高等学校パソコン同好会
   豊中の道標 昭和五〇年 今は    一覧表を作成。                 
 街道を探る             
熊野田街道(PDF版)  その1, その2、 その3 表示に時間がかかります。


尾道の道標、  明石の道標を 追加
五一会 判明しました。 「写真で見る 上新田」を自主出版

箕面街道と西国街道の分岐(高札場跡と2基の道標)
箕面市牧落  道標 



「みのをみち」(享保五年)

「大坂 四里半 はっとり天神二里 道」

箕面街道 豊中三中の交番から大阪方面に向かって進むと
原田神社から熊野田に抜ける熊野田道・勝尾寺街道が斜めに走っている。


すぐ 柳谷 京 道
すぐ みの かつを寺
すぐ 服部 尼崎 道???
すぐ 茨木 大阪道

京は  熊野田、上新田、今宮、小野原を通り 京都に向かったと思われる。
柳谷は??近くにはありません。 これは信心深い人が建てたもので、自分のお参りするところを表したのではないでしょうか?  高槻と長岡京市の境にある柳谷観音のことでしょう。

それから話題になりました。  一番 青岸渡寺から始まる 西国三十三所巡礼 を調べるのもいい。
札所には 勝尾寺が二十三番 中山寺 二十四番   総持寺が二十二番 
勝尾寺には次のお参り先 中山寺へと 総持寺への道標があります。
その他の寺も同様な道標があると思います。

  


大阪の里程元標跡
大阪より西距離基準


高麗橋の東詰


京都市の基準点標石
清水寺境内



巡礼道 新稲の道標

       発見    能勢街道の迂回路  2/28  
 「想い出」 
   熊野田道を勝尾寺街道を呼んでいましたし、三国街道が上新田で合流していたとは、街道の地図には描いてあるのですが、
 私の頭の中では一致しませんでした。 そんな私が、地域のことを取りあげるのに「まつり」、「道標」を扱いました。
  道標は  点 、 その点と点 を結ぶと 街道   おぼろげに分かるようになりました。                        
  道標がなくならないうちに 調べておこう。
   
  街道散策は結婚当初 今から 33年ほど前に、はじめていました。 そのころ高槻に住んでいましたので、
西国街道を通勤路としていましたし、
足で歩きもしていました。 高槻から箕面・牧落まで歩るいたを覚えています、今回、小野原から萱野、まで写真を撮りに出かけました、
何回か見ていますの
で、どこに何があることはわかります、30年ぶりですが、あまり変わっていなかったのがよかったです。
 当時は写真もデジカメもありませんでしたの記録はありませんでした。 
 吹田に移り住んで 重たい腰を上げましたが、当時、現在のようにインターネットが進んでいるわけでもなく、操作方法が分かりませんでした。
どう調べたらいいのか、皆目 分からず、 近くの街道を探りました。 それが20年前に「
熊野田道勝尾寺表参道」でした。
 そのときのファイルは保存してあります。 このときは 初期のデジカメを使いました。 それが「勝尾寺表参道」の出会いです。
 文献を調べるのもいいですが、無駄が多いこともありますが、私には 「自分で見て確かめる」 この方法が合っています。
 まだまだ 昔の家並みは残っています。  小曽根にも 立派な家がたくさんありました。 
 歩いて見るものです、 そのような目線で町を見ると また 新しい出会いができ、愛着もわいてきます。
 もうすぐ春です。  家の周りを散策してみてください。  何か、目新しいことに出くわすでしょう。 
 この春は 何を見つけますか!!   いい写真があったら お送り下さい。 お待ちしています。
 
5/20 箕面市に問い合わせ  返事がありました。 
勝尾寺街道の終点2カ所  もうすぐ解明されそうです。
見つからない道標2 (無くなった?) 5/22 解決しそうです。 
ここにあるべき道標、街道と街道の分岐点  
1.西国街道と小野原街道の分岐小野原での道標。

2.西国街道と勝尾寺街道の分岐今宮での道標

長嶋住吉神社西の天竺川堤防にある道標 これもなかなか見つかりませんでした。
このように調べると、まだまだありそうです。
  
熊野田道にありました。  大変古い物のようです。

道 標   を見つけました。 どのページにも説明がありません。

 いまだに このように知られない道標があるのです。  年代不詳 
おもしろいとは思いませんか 回のように近所の人は知っているが、世間に周知されていないことが多いです。  まだまだ私の知らない道標があるのでは!   
    皆さんの家の回りに道標がありましたら お知らせ下さい。お願いします。
場所は勝尾寺街道・熊野田地区です。 ここです マップ勝尾寺街道に掲載しています、ご確認を。
道は基本的に消えることはありません、それが農道であっても、 だから 旧道の面影が残る家並みが存在します。
 皆さん 家の回りを散歩してみてください、懐かしい、気の休まる道に出会うのでは!!
古い写真がありましたら、このサイトで活用させていただきます。 一度 写真を整理してみてください。

 これでいいの!! 山田道を散策しました。 山田から上新田まで 上新田で 「新しい道しるべ」 を発見
     このようは中途半端な「道しるべ」は必要ではありません。  私たち現代に生きるものには、先人が思いをこめて作ったもの、先人から譲り受けた物を後世に伝える必要があり、義務もあります。 それも 後世に正確に伝えることです。(伝承) 一度破壊したら元には戻りません。 同じ過ちをしてはいけません。  
     ここは、勝尾寺への重要な道しるべです。 勝尾寺まいり、大阪から、三国・江坂(三国街道)を通り、また、原田神社から熊野田をとおりを通ってやってきます。そして、勝尾寺表参道に通じる重要なみちしるべです。  また、伊丹、服部から茨木に向かう道との分岐点でもあります。
     ここでは、石は風化しますので、消える文字の残すために説明板が必要です。 

              
     また、正しく表示してほしいですね。
        旧には  やまだ  いばらき 
        新には  いばらき  だけです。  歴史を間違って伝えてあります。 
  
     年号正しいのですか !!!!!  資料を見せてほしいです。 豊中市
     私の資料では、この碑は、年号が不明でした。 天明元年の道しるべは他にあります、もう少し下流の橋の袂にあるのが天明元年の道しるべです。     設置者:豊中市早く取り払って欲しいですね。 
    追加 2009年5/24 そのように言ってから未だに改善されていない。 市には学芸員はいないのでしょうか!

  「五一会」を知りませんか?  
  「五一会」が立てた杭いが 3箇所で見つかっています。  「五一会」は存在するのでしょうか?    2/24 


  吹田教育委員会での案内板では ある道標をわずか80センチメートル移動しました。
         そのことを案内板に記載されています。
  3/8

 
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能勢街道と西国街道交差点道標 移築
個人の敷地内にあるので、踏切の拡張などで 先人が好意的に移築されたのでしょう。
この家には、池田市が保存木大きい「オガタマノキ」がある。
「右妙見 すぐ西宮」「右西宮 左大坂」
「すぐ大坂京 左いけだ」
(天保二1831年)


お地蔵さん

能勢街道と西国街道交差点

踏切より 箕面方7メートルに
道の分岐にはよくお地蔵さんがある。
旅行く人の安全を祈ったのでしょう。
道標 道を間違わないようにと

 

刀根山公園
「左 妙見道 池田 」 (寛政三年)


地蔵の台石の道標


刀根山元町北会館前
「右  大坂道   左  刀祢山御坊」 (慶応三年1867年)
これも 中国道建設のため 西方から移築された。


刀根山元町北会館前
 
 能勢街道 と 吹田街道との分岐     豊島小学校
 能勢街道と吹田街道との分岐にあったという
 常夜燈の道標

    現在は豊島小学校内に移設されている。
 
能勢妙見宮 常夜燈
  「右  京 茨木、 左  池田」
   文政四年(1821)

服部天神宮
    立て札あり写真をクリック

能勢街道 
 能勢街道  豊中  三国の渡し から


 大阪側にある 三国の渡し跡 
           
  碑 大阪市  写真をクリックしてください。 
 
三国橋より 上流 かもめがいました。

豊中市の旧商店街

天竺川東側にある
右  かつをじ 三十三
左  みのをせ川   
ルートが違うので分かりませんでした。4回目です。
この碑については 疑問のサイトがあります。
左右逆? と言うのもあります。 1つには、
 1.三国街道を利用したもの                    
 2.この碑は対岸にあった物を
移築したのか!
 3.三国からここまで別ルートがあった。         
勝尾寺道は原田神社からが一般的だが、
吹田街道にも勝尾寺への道しるべがあることから
三国街道を使い 春日を経て、上新田に出て
勝尾寺道に辿り着くのであろう。
箕面市の資料によると途中で上新田から今宮と小野原に別れたようだが、千里開発によりその面影は吹田市・箕面市の境界に残る。
勝尾寺参道にはいくつものルートがあるが、
鳥居のある新家が表参道、今宮から上るルートは
勝尾寺〜大阪道となっているから、
上新田は原田神社(熊野田道)からと大阪市から
神崎川を三国の渡し、榎木の渡で渡り      
三国街道で北上した合流するところが上新田で重要な位置を占める。
上新田には「落合橋」がある。 


この項の考察はこちら




長島住吉神社


右   住吉神社   保護樹木
写真をクリック 



  神崎川の渡し 豊中市では上流から
小曽根の渡し
三国の渡し 
洲到止の渡し


吹田市では             
吹田の渡       
榎木の渡(十八条町)

天竺川沿いの松並木  
稲津町付近の町並み

住吉神社
 亀岡街道 吹田市  2/15 阪急吹田から 高浜神社 吹田の渡し 宮前道り 上新庄 松山神社 相川
          JR吹田 亀岡街道 時間切れ 帰途 

  高浜神社

   吹田市制発足の地

    南町道標 
  吹田市教育委員会

   吹田の渡

     六地蔵道標

大阪市長 関 
   この3つ道標? 
 文字があるようですが 読み取れません。
  JR吹田駅の下をくぐり、
  大阪高槻京都線の北側の道を歩きました。
 何軒か趣のある家がありました。
 尾道の道標
   美山    



 左  妙見道
 





  
       南禅寺 山門前
 右 なんぜんじ
    銀閣寺
 左 京都・哲学の道


  右 西国街道
左 京 みち   

          
明石 01年01月

  日本標準時子午線通過地の標柱



 左 ひやうご  大阪


右 か古川
 


    太子町   右 上の太子
 
 近鉄線の駅名「上の太子」ではありません。
 ここ太子町では「上の太子」は「聖徳太子御陵=叡福寺」のことです。
 
     
   名張   文政十年(1827年

山崎
撮影1998年12月  上新田   道しるべ  道標V 熊野田道地図

古い写真ですが 今から16年前
 「立て札」
    右 かちをじ 
    右 ざいしょ  
    左 大阪へ 三り
                天明二年    
  大阪にはこの勝尾寺道(熊野田道)で服部に出て能勢街道で大阪のルートと 途中で落合橋から三国街道で榎木の渡を通じて大阪へ
 白いくいには
  昭和五十三年八月 五一会  

 五一会  判明 08/06/30
 
五一会は上新田の十五人で、写真集を出しています。  消えていく歴史を写真にまとめてあります、 活動報告 昭和53年道標に案内杭を建てられる。昭和55年(1980年)「いにしえの上新田」の展示会を開催、昭和59年(1984年)  
   「写真で見る 上新田」を自主出版。
 冊子には道標については1ページを割いています。 
 毎年7月7日「みのおさん」(勝尾寺)に参り、護摩の灰を持ち帰り、田畑に刺しておくと豊作になるという。

   豊中市で一番古い道しるべ 年号記載
   天明元年(1781年)      
   右  さいでら    (吹田市佐井寺)
   左  かちをじ   

 山田  勝尾寺 の分岐
     
    左 かちをじ
    右 やまだ いばらぎ  

     下の写真 山田三つ辻に至る

  新田には「落合橋」がある。
 三国街道とのぶんきであろう。
 開発でそれらしい 道しるべは見やたらない。

   
   右に行くと 豊中三中の手前に道しるべ
  
   箕面 と 勝尾寺 に分かれる。

   熊野田で 原田神社からの道と合流(左図)
  
  左に行き 三中手前の三叉路に道しるべがあり

  三中の東側に出て、熊野道への近道へ

   
  大きい道しるべ
  
  熊野道、勝尾寺道へ
  箕面、伊丹、新田の分岐
  豊中三中近くの 車坂の交差点
  桜塚
  
  能勢街道から 箕面 ・ 勝尾寺へ
            池田への分岐

  豊中四中と豊中三中の中間
 

   【豊中で一番古い道標】

 箕面街道沿い(春日町)にあった道標です。正面に、「右みのお 左ざい所(人が住んでいる所の意味)」とあり、右面に、この道標を作った人をしめす「施主大坂吉文字屋利兵衛」と、江戸時代の商人の名前があります。この道標をいつ作ったかは書かれていませんが、箕面市にもこの商人が作った道標があり、そこに書かれていた年から、江戸時代中ごろの享保5年ごろに作られたと考えられています。この道標はいま、郷土資料室(東丘小学校内)に保管されています。 

            
    とよなか 市報より
立て札U  道しるべ、道標U 撮影 1/11  pc007スタッフ

       吹田市教育委員会
 山田 三つ辻道標 
  右 小野原村  勝尾寺  妙見山
     箕面    池田    中山寺
  左 上新田村  岡町  伊丹
 

  右写真 右が中央環状山田・万博
       左  阪急山田駅から上新田へ 
道しるべ
立て札
 道標T home


箕面市教育委員会

写真をクリックすると文字が読めます。

寛文十二年(1672年)
箕面市最古の道しるべ 
旧西国街道から箕面の滝へ  
勝尾寺旧表参道

        
 元の位置に 萱野の交差点北東
新御堂と国道171(西国街道)の拡張工事のためJAの横にあったが最近移されたのに気づき写真をとりました。 右手方向が小野原・京都方面 後方は調整池、左手に子どもが水浴びが出来る千里川、カルフールがあります。
 この参道は急に登るので景色のよいところがあり、
参道には 勝尾寺までの距離を記した道しるべが多数あります。
 画面奥の車が止まっているところが国道171号線
    享和2年(1802年)
小野原の東部にある道しるべ
 「ひだり京」     旧西国街道
 これを西に行くと昔ながらの家並みが見られます。

    リンクなし 07/10/21
    勝尾寺参道までの間にある
    常夜灯
    小野原は勝尾寺参拝者が吹田市山田からの道と合流し山門にで西に行く人と別れる。
   豊中からは 熊野道で新田から今宮あたりで合流するそうです。
   新田にそれを表す道しるべがあります。
 
          
      実りの秋 2007年 10/21 箕面の山並み
 花園で
花園 の近くにあった 道しるべ

 右   瓢箪山
 
 左   大阪
home
 
kangetu
kangatu

観月
観月のすすめ   今日の月 27日
中秋の名月 25日


  名月
  
  昨日、今日は

  きれいなお月様が
 
  見られました。
          26日
      25日

     撮影 悪い
お月見へのお誘い    2007年版
大阪天満宮 秋思祭り 9月25日(火)18:00〜
長岡天満宮 名月祭 9月23日(祝)18:30〜
須磨離宮公園 離宮月見の宴 9月23日(祝)・24日 400円
大覚寺 観月の夕べ 9月23日(祝)〜25日(火) 500円
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