豪邸に引越し
LH779H 10AUG JAKARTA      TERMINAL 2  18:50     05:25  11AUG FRANKFURT TERMINAL 1
LH960H 11AUG FRANKFURT TERMINAL 1  06:30     07:25  11AUG MUNICH       TERMINAL 2
 
LH981Q 18AUG MUNICH       TERMINAL 2  17:55     19:00  18AUG FRANKFURT TERMINAL 1
LH778Q 18AUG  FRANKFURT TERMINAL 1  22:00     17:35  19AUG JAKARTA      TERMINAL 2
 

ミューレンの道端で

 15日はとりあえず今回のハイライト、ユングフラウヨッホへ向かうが、残念ながら、早朝から雨、すべてが雲の中、インターラーケンベストまで行って、両替し、グリンデルワルドまで一応行ってみたがやっぱり駄目、アイガーすら見えない、ベッターホルンも雲の中。いつまで待っても仕方がないので、引き返す。インターラーケンに寄って、一番大きなスーパーマーケットで買い物。物価は目が飛び出るほど高い。今まで行った世界中のどこよりも高いのではないか。スイスは三回目だが、今回が一番高いと思った。一般のレストランの価格はジャカルタの日本食レストランの倍か、それ以上に高い。結局、この日は何もできずにじっと貸しロッジにいた。こういうこともある。過去二回のここへの訪れは付いていたのでしょう。
 一見、ヨーロッパのどこか駐在で夏休み休暇としてきていた日本人の若い家族ずれもいたが、グリンデルワルドのインフォメーションの前で、中学生くらいの子供たち二人がびしょぬれになって駅の方に走って行った。団体旅行で来ていた連中は日本人に限らず、予定通り、ユングフラウに向って行ったが、何も見えなかったことでしょう。旅には運不運がつきまとうものだ。
 二十年前のグリンデルワルドはまだ多くの隙間があったような気がするが、今は、ホテルや公共施設が新設され、建物が密集していた。日本語観光案内所の目立つ所に新設?されていた。 

借りたロッジ

 いよいよ、スイスアルプスへの出発である。9時過ぎに一杯の荷物を積んでニュールンベルグの家を出発、一路、ブリエンツを目指す。ボーデン湖付近からオーストリアに入る、ずっとアウトバーンである。スイスの手前から、一般道に入り国境を通過するが、何のチェックもなし、味気ない。スイスへはいったらすぐに牧草地になり牛の放牧が見られた。匂いも牛の糞である。スイスの臭いである。
 チューリッヒまでまたアウトバーンそして、チューリッヒを過ぎて、あとはほとんど一般道で、ルッツェルンのバイパスを通りインターラーケンの手前で、泊まる民宿の様な家に到着する。ロッジの一階を全部貸切、寝室が三部屋、リビング、ダイニングそしてトイレ、シャワールーム付き、台所は何でもそろっている、洗濯機もあった。一日約1万円である。今回は3世代で6人だったが。大人ばかりで6人でも十分広い。このロッジは町から離れているし、インターラーケンまでアウトバーンを使っても20分はかかるので、格安なのでした。団体さんが泊まる町中のホテルとは事情が全く違う。
 途中、なにかと立ち寄りが多く、着いたのは18:00を過ぎていた。ブリエンツ湖方向の太陽はまだ、30度以上、上にあった。どうもこの地の方角が東西逆に感じてならない。だから南北も逆に感じる、インターラーケンのオストとベストが逆のような気がする。

 18日最終日は8:00にブリエンツを出発。高速道路を順調に走り、5時間で国境へ着いた。スイス出国とオーストライア入国は50mの距離である。人は立っている何も見ずに手首だけが早く行けと言っていた。しばらくしていつの間にかドイツに入るバイエルンの目印が現れ出して、アルノもほっとしたのでしょう。休憩所に侵入して、皆で、残り物のおにぎりた、サンドウィッチやハンバーガーをたいらげた。

 フランクフルト空港内の移動は大変だった。知らない人で、日本語しかできない人では相当苦労すると思う。ミュンヘンからの国内便はターミナル2に着くが、国際便はトランス電車で、ターミナル1に移動しなければならないことがわかったが、電車の場所へたどり着くルートが分かりにくい。移動がエスカレーターしか使えないところがある。エスカレーターの位置が分かりにくい。

 二日間は娘の家をベースに、孫と遊ぶ、ニュールンベルグの町へリックサックを買いに家族に付き合ってもらって出かけただけだった。ニュールンベルグは三回目なので、何がどこにあるか分かっていて、買物はさっさと済ませ、広場で孫たちが鳩を追い掛けて走り回るので、見失わないように監視していただけだった。
 スイスから直接、ミュンヘン空港に行ってしまうので、この家には戻らない。夜にはアルノの母親クリスタさんが来て食事を一緒にした。妻は31日まで滞在するそうだ。
 

10−08−2008〜19−08−2008

別冊Top
HAPPY TOURING IN EUROPE
 ジャカルタからは遠いが行ってよかった。完全に満足である。

スイス出入ゲート

オーストリアゲート

 ケーブルシステムのチューブが量産体制になり、仕事が一段落したところで、安心して、会社から離れられる。
 10日まず19:00ジャカルタからルフトハンザでシンガポ−ルへ、1時間半、乗客はシンガポールでほとんど入れ替わった。ミュンヘンまでは、同じ機内には日本人客は私一人しかいなかったと思う。インド、イラン、ポーランドの上空を通過し、11時間45分の長時間フライトのあと、Cターミナルに到着、それからが大変、1時間の余裕があるが、ドメスティックAターミナルへ移動する、その間にイミグレで入国手続きを済ます。手荷物再チェックがあって、エスカレーターやエレベーターを使い歩く歩く、遠い。やっと、搭乗時間丁度に、搭乗口に着いたら、誰もいない。ジャカルタで受け取ったボーディングパスに書いてある搭乗口は変更されていた。電光案内板で確認したら、二つ隣のすぐ近くだったので一安心。一時間のフライトのあとミュンヘン空港へ到着。もう、日本人どころかアジア人は全くの私一人だった。婿のアルノ、到着を電話で伝えたら、10分でつくという。手荷物を受け取って外に出たところへ、アルノもちょうど到着した。1時間半かかってアウトバーンを走り、ニュールンベルグの家に着いた。ドイツ時間11日午前9:30だった。インドネシアの自宅から、23時間の旅だった。さすがに疲れた。

 家に着いたと同時に孫たちが出迎えてくれたが、下の子はちょっと戸惑っていたようだ。お土産にインドネシアメイドのぬいぐるみを渡したら急に態度が和んで飛びついてきた。効果てきめんだった。夜8時過ぎには妻が日本から到着した。彼女は成田から直行便、ルフトハンザでミュンヘンに付いたそうだ。全員で14日からスイスのブリエンツへ行くことになっていた。
 暗くなるのは、夜9時ごろ、明け方明るくなるのは5時頃、さすがに夏であるが、寒い、どんより曇り空で、一日中パッとしない。
 この一週間はできるだけ、時間を気にせず。時計を見ないように(時計はいつも、持っていないが)時期を忘れて、人任せで、いようと思う。できるでしょうか。 

グリンデルワルド駅

フィルスト行きロープウェー駅

 この旅で一番寒かった。霧の中のシルトホルンは4℃だった。ラウターブルンネンまでアルノ運転の車で、ロープウェーと電車でミューレンまで、三十分ほど歩いて、またロープウェーでシルトホルンまで、雪と霧の世界。回転レストランで温かいミルクを飲んで、トイレで大の方をして、満足。ミューレンは山の中腹だが、各家々の花がきれいだったし、往復一時間ほど歩いたが車に出会うことはなかった。空気がおいしい。
 一時間ほど待ったが天候の変化はなし、来たコースで下山した。

フィルストで

Next

 下山し、ラウターブルンネンに戻り辺りを散策、郊外の滝まで歩いた。ちょっと上って滝の裏側に立ってみた。下ってきて、まだ、時間があったので、ウェンゲンまで登山電車で往復した。シルトホルンンの向かい側になる。その頃になると天候が回復して見通しがようなった。シルトホルンを後のすればよかったと思うが仕方がない。
 その代りウェンゲンで孫たちが遊園地で十分遊べたし、私たちものんびり休憩ができた。
 

 グリンデルワルドに戻って、その足で、フィルストまでロープウェーで登った。以前はリフトだったが、ゴンドラになっていた。20フンぐらいの長距離だ。往復40SF約4000円である。午後三時過ぎだったので、それで済んだが、通常は50SFだ。しかし、天気がよかったので、この価格も高すぎないなと思う。孫たちがフィルストで十分遊べたし、以前の景色は全く忘れていたので、アイガーを正面にした広大な景色を眺められたのだから。
 もうこの日だけで、満足だった。

 天気予報通り、雨は上がっていたが、朝はまだ、曇りというより霧がかかっていて、あまり、期待通りではなかったが、時間が経つにつれて、青空が見えだしてきた。ブリエンツからアウトバーンを使いインターラケンンの手前で降りて、グリンデルワルドに向かう。婿殿の腰の具合が良くないらしくて、下で待つといって、同行しなかった。25年前に来た場所に今回は孫が二人加わった。
 天候は素晴らしく晴上がり、昨日の天気と打って変わって、別の場所に来たよう。すべてがクリアーに見える。孫たち二人がいるので、登山電車に乗るのも大変、すべての乗物は一つあとの先頭で待つようにしなければならないので、時間がかかる。ユングフラウヨッホの建物が大きくなっていて、くつろぎ安くなっていたのには感激した。3400mで、空気が薄いことを感じるが、孫たちは元気。床に座り込んで、氷河を眺めながら、持ってきた手作りハンバーガーを口にした。至福のひと時である。
 スフィンクスまでエレベーターで登り、外に出てみた。360度の大パノラマが私たちを迎えてくれた。今日来た人たちは非常に運がいいと思う。昨日来た人たちは運が悪かった。
 孫たちや妻も大感激、私も三回目になるが、こんなに素晴らしい眺めは初めてだった。雪を口にし、もっともっとと大はしゃぎ。大変素晴らしい思い出になった。何年後かに孫たちが写真やビデオを見て、私たちのことを思うでしょう。