豪邸に引越し

01−08−2008の頃

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夜中の10時まで仕事

パニック障害者が仕事をしているのを自慢するわけではないが、発病する前と体の不都合状態が全く違うので、普通の状態ではないのでつらいことは確か。薬を飲み続けているので、だと思うが、(止めてないので確認できない)パニックにはならない。しかし、頭のどことは決った場所ではないが、ぴくっと来て、0.1秒ぐらいの一瞬、めまいをしそうになる、めまいはしない。クラックラッと繰り返す。ひどい時には5秒に一回くらいを10回以上である。そういう時は、じっとしているしかない。最初は気になったが今は気にしない。しかし、何かが止まる。また、薬の副作用なのか、パニック障害の症状の一つなのか分からないが、体や頭が重い、そして常に眠たい。油断すると大あくびをしてしまう。

その状態で、車も運転して遠出もするし、機械の側で、プロファイルのトライもする。フラフラしながら炎天下のゴルフもする。

なぜ、そうするか、動いていないと太ってしまうし、そうしなくても、状態は替わらないと思うから。家でごろごろしていれば、回復するという医者の助言があればそうするかもしれないが、医者も、適度に体は使うように、適度に運動をするように、ということなので、そうしている。しかし、疲れる。(+_+)

20〜40歳代の自分の体がうらやましい。

 命を削る? 1

本音と弱音と強がり。大げさだがそんな感じもしないでもない。毎日、疲れる。家に帰るとぐったりである。朝、目が覚めて、顔を洗ってもぐったりである。

今まで、こんなことはなかったが、今はしかたがない。慣れるしかない。だからと言って、ぶらぶら、ぐったりとばかりはしていたらまずい。煙草を吸わないし、大量には食べないが、それでもお腹が出てきてしまい、なお動けなくなると思い、普通に仕事をし、運動もする、コンピューターもいじる。

薬をいつまで飲み続ければいいのでしょうか。死ぬまで、飲み続けるのでしょうか。ずっと、疲れた状態でいなければならないのでしょうか。ずっと溜息をついたり、あくびをしたりしなければいけないのでしょうか。いやになってしまう。

くるっと、何かが頭の中を回る、其のたびに目まいがしたような気がする。それが、思い出したように頻繁になると、冷汗が出る。

眠る時間が一番ほっとする。眠ってしまえばなにも考えたい。そして、永久に目が覚めないという心配は全くないので、ただ、何も知らないうちに眠ってしまう。朝起きると、疲れが取れていれば良いが、と、思うが、それはいつも期待はずれである。

命を削る 2

炎天かでゴルフをしているとき、こうして何かを書いているとき、現場で仕事をしているとき、人と打ち合わせをしているとき、ふっと、意識が不明になってしまうかもしれないと思っている自分がいる。それは、その状態をパニック障害の症状で何度も経験しているからです。もう、恐怖は全くないから、パニックになることはないが、いつでも、そう思っている。でも、気が遠くはならないことも分かっている。

疲れる、以前に比べれば、はるかに疲れる。何をしていても疲れる。しかし、何かをすることはやめない。

人は、誰もが命を削って生きている。残りの人生は着実に短くなっている。寿命が延びたとか縮んだとかいうが、もともといつまで生きるのか決まっているわけではないから、どのくらい伸びたか、縮んだかは確認できない。もし決まっていても、本人が死んでからでないと決まらないので、本人は確認できない。だから、命が縮む、伸びる云々は意味がない。それでも、人はよく使う。

運がいい悪いも同じことで、死とは、話は別だが、運が良かったから、それだけで済んだかもしれないし、運が悪かったから、そうなったかもしれない。だから、運がいい悪いを云々も本当は意味がない。それでも、人はよく使う。

命を削る 3

前提は、この世にいて、できるだけ長い間、自分の生き方を客観的に観察していたいことです。日本には、インドネシアに比べると早くこの世から逃げたくなる人の比率が多いらしい。最近感じていることだが、私が生まれた時いくつまで生きるということになっていたのかはもちろん知らないが、確実に寿命はその決まっていた年より縮まっていると思う。どうすれば決まっている期間を減らさないですむか、方法を知らないからである。

現在、もう、快適に生きているという体の状態ではなくなっている。加齢が原因なのかパニック障害が原因なのかはっきりしない。薬の副作用かもわからない。これからも、こんな状態がいつまで続くか分からないし、だんだん、悪くなるかもしれない。いや、だんだん、悪くなっていくに決まっている。よくなるはずがない。問題は悪くなっていく速度である。何才まで自分自身で動くことができるか、また、アルツハイマーを何才くらいから自覚するのか、自覚しないで、急にある日から、自分が誰だか分らなくなるのかもしれないし、こういうことを考えると止めどがない。

命を削る 4

タイミングが良すぎるのか悪いのか、一昨日の夕方から、おなかの調子が悪くなり一晩中下痢と腹痛と吐き気と目まいに苦しめられた。下痢が連続で病院へ行くこともできず、昨日の05:00やっと下痢が一時止まって楽になったので、ジャバベカのハラパンインターナショナル病院へ駆け込んだ。入院している。点滴や薬でもなかなか楽にならない。そのうち熱も38℃近くまで上がって頭も体もボーっとしてきた。どうなる事かと苦しんだが、夕方になってやっと下痢は治まってきて腹痛も治ってきた。熱は下がらないまま、昨日は何となく眠った。

パニック障害の関係もあるのでしょうか、頻繁に脳のなかでなにかがくるくる回っていた。夜中に2回下痢で起こされたが前の日よりかなりほっとした状態だった。今朝になって熱も下がっていた。食事もだされたもの半分は食べることができた。確実に快方に向かって安心し、この文章を書いている。

原因ははっきりしない、いつもと同じ食事だった。余計なもの、味が変だったものは食べていない。

明後日土曜日からロンボックへ行く予定にしているので、明日、金曜日には退院しなければならない。

こんなことは何年間もインドネシアにいて初めてのことでした。

命を削る 5

タイミングがいいのでしょう、明日から、ロンボックのリンジャニ山(富士山より50低い)に登るために出発できる。運がよかったのでしょう、具合が悪くなったのが、水曜日以後だったら、キャンセルしなければならなかったでしょう。

しかし、多少、目まいは残っているし、万全の体調とは言えないので、無理をしないで、山の五合目くらいのスナルかスンバルン辺りまで登るか、多くの観光客が訪れるスンギギかギリの海岸でのんびりして体調を回復させるかマタラム(ロンボックの首都)についてから考えようと思う。

そこで、携帯電話の電波が届かなくなれば、何日か投稿を休むかもしれない。

命を削る 6

 昨日、退院し、当初計画したリンジャニ山の登山はキャンセルし、海岸を主体にのんびりすることにして、ここを選んだ。

今、ロンボックのギリ トゥラワンガンに来ている。命を削る速度を落とそうと思っている。天国に一番近い島はバリなのかどこなのか知らないが、この島も案外天国に近いのかもしれない。

 マタランからタクシーでギリ三島の対岸につき、小舟で、一番遠くて大きな島に着いた。ギリ アイルは以前来たことがあったが、この島は初めてである。海岸に船で突っ込んで上陸すると、カフェ通りというかレストラン通りが左右に続いている。欧米人がすべてだ。日本人や東洋人も来るが、まれだと言っていた。

 海岸は澄んでいて大変美しい、サンゴの白砂から次第に真っ青になっていくグラデーションが素晴らしいと思った。

 間もなくバリタイムと同じ17:00になる、今から島を半周して西海岸で、サンセットを拝んでこようと思う。

 命を削る 7

ここ、Gili Trawangangの朝はすがすがしい。波の音と鳥のさえずり、遠く聞こえるボートのエンジン音。乾期で空はあくまでも青い。

昨日の15:00頃から停電になり、結局回復したのが00:00だった。計画停電のようだった。

その間、自家発電で明かりを確保し、レストランやカフェが営業している。昨夜02:00頃まで、けたたましいディスコミュージックが鳴り響き、眠れなかった。

今朝は、その喧騒がうそのように全く静かな世界である。昨晩、騒いでいた連中は睡眠中だろう。

 5時半前に起きて東海岸を散歩してきた。すぐ目の前にGili Manuそして、Lombokの象徴、Gunung Rinjaniがそびえている。その右側からサンライズである。日の出の瞬間、神々しく空を赤く染めた。

 ここにいる、自分は何者かと思う。

昼過ぎにSengigiへ直接、ボートで行く予定だ。

命を削る 8 

昨日、夕方、休養先のロンボクから自宅に戻った。十分に体力を回復し、今朝は、完全に発病以前の体調に戻っている。

Lombokについては私のホームページに写真とともに詳しき記載します。

南の島の青い海と青い空と、静かな波音と、おいしい海産物料理と、降るような夜空の星と南十字星。癒されないはずがありません。退院時2kg痩せていたが、三日で元に戻ってしまった。

出勤し仕事に戻っているが、皆さんから、もう大丈夫かと、声をかけられ、心配していてくれた様子がわかった感謝である。もう大丈夫。

多分、今回も命を削ったでしょう。しかし、何日分かは、わからないし、当たり前だが、わかることはこれからもない。

命を削る 9

子供のころ住んでいた家の便所の大便をするときに座るまん前の木の壁に鉛筆で、“この世に中”と書いてあった。物心付く前から書いてあったと思う。おふくろや親父にそのことについてだれが書いたか何度も聞いた。どちらかに違いないし、それぞれが知っていたはずである。両親とも達筆だったから、文字では判別できない。そのトイレを使った約40年間消えかかれば誰かがなぞって修復していたので、消えることはなかった。まだ、その木造の屋外便所は残っているので、今住んでいる人たちが使っているはずだ。私が使わなくなって20年過ぎた。まだ、残っていると思う。

この世の中は何なのか、意味深長でわからない。何十年も便座に座るたびに思った。おもわされた。書いた本人はどんな狙いだったのか、とにかく、眺め、続けさせられた。高校まではほとんど毎日、大学へ入ってからは家に帰る度にであった。

体力的には不満だが、まだ、その、この世の中にいる。

命を削る 10

 

目の能力も落ちてきた。製品の厚さを0.1mmの違いが何十年も見ただけでわかったし、20mm以内の寸法なら、0.1mm単位で言い当てることができた。しかし、今はできない、ぼやけて見えないからである。焦点が合っていて見えればわかるが、合わなくなっている。眼鏡をしても、焦点が合わない、自分の目が自動的に焦点を合わせることができなくなっているのだ。顔の距離を調整して焦点を合わすしかない。

仕事をしていて、歯がゆい。以前なら一瞥してOKかNGか分かったものが、判断に時間がかかる。重要でないと思うといい加減になってしまう。

不思議に遠くはみるようになった。テレビを見るときは眼鏡が必要ない。車の運転も必要ないが、免許証の写真は眼鏡をしているので、日本で運転する時は眼鏡をする。200m以上飛んでいるほかに人のゴルフボールもはっきり見える。

それと、目が乾くようになった。涙の分泌量が少なくなっているのだと思う。60歳位を境に、目が乾いて痛むようになった。車の冷房の風向きが気になるようになった。目薬をいつも持っていて、機会があるごとに、使っている。その時はすっきりするが、また、しばらくすると、まばたきを自分で意識してやるようになる。コンピューターをいじっている時と運転しているとき、現場で、溶融樹脂を冷却金型の通すとき、特に感じる。

命を削る 11 

唾液の分泌が少なくなってきた。喉が渇く、口の中がいつもネバネバする。話をしたり、歌ったりするとたちまち口の中が乾いてしまう。会議中や人と話しているときには必ず水を用意しておく。飲みながら話さないと、舌が絡まったり、口の両端から粘度が高くなった液体がはみ出てきて、話しにくくなる。

これも、加齢が原因だと思うのだが、手や足や腹筋がつる頻度が多くなった。運動をした後や運転を長時間した時は当然だが、何もしていないときでも、足の裏や太ももがつってしまう。年のことを考えろよという、警告だと、他人は言うが、納得がいかない。

それにしても、パニック障害と診断した医者、曰く、何十年もひた走りに走ってきた、それも、他人より多くのことをやってきた。いったん休憩しなさいとの警告と考えて、一年や二年ゆっくり、休養しなさいということですよ。と。

体全体が、若い時と比べ物にならないほど不自由になっていり事をつうかんしながらも、一年半弱の休養で、また、若干ハードな仕事の世界に戻ってしまった。

命を削る 12       

削る命がある限り、削り続けなければならない。当たり前の話である。まだまだ、当分はこの地で仕事をしなければならないと思っている。責任がある限り、目標がある限り、それらを一つ一つこなしていく必要がある。

元気ではないが、他人から見ればまだまだ元気に見えるでしょう。見栄をはって、できるだけ意識して猫背を伸ばして歩きたいと思う。

それにしても、若者から見れば、私は年老いた人間に見えるに決まっている。会社の従業員も私が直接、金型をセットしようとすると、私がやるという。私は、彼らのセットでは心配だから、肝心なところと思った場合には自分でやってしまいたい。しかし、そういう場合は、私が引っ込まなければならない。口は出させてくれるが、手を出させてくれない。

最近、この会社に来てそういう場面が多くなった。やはり、外見も年相応になっているのかなと思う。KITAGAWAの人間が移ってくれば、なお、手出しができなくなるだろう。口も出させてくれなくなるかもしれない。8月末の予定らしい。

それが、世の流れだろうと納得しようと思っているが、(_)!!

 昨日、NHKで山梨大学の渡辺政廣君が燃料電池の話をしていた。ファイトが湧いた。

命を削る 13(終回)

来週、土曜日には孫たちに会いにドイツへ行く。ファミリーでスイスの山歩きを楽しんでこようと思う。インドネシアの国内旅行だけでは、物足りない。

孫を連れて、時にはおんぶし、時にはだっこし、ユングフラウ辺りを歩き回る予定だ。今回で三回目になるが、天気に恵まれることを期待する。

ここで、命が削れる速度が、ゆっくりになるかもしれない。何もかも現実から離れ、人間関係や仕事のことを忘れ、ゆったりと自然の中に溶け込みたいと思っている。

ジャカルタからフランクフルト経由でミュンヘン、17時間のフライトである。しかし、往来可能な、天国への旅だと思うので、何でもないことだと思う。
 とにかく、今月から来月にかけて、私にとってもPT.AFMIにとっても記憶すべき時になるでしょう。のんびりしていられない。

ニュールンベルグの街角