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こんな人、そんな人シリーズ 01
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こんな人シリーズ 10

  無責任でしょ、それは自分でしょ

 事務所の離れた席から、H「ディッキ君が辞める原因は?」と、怒るように私に聞いてきた。私「給料が安いからといっていました」と答えた。H「無責任でしょ」と大声で言った。私、「きょとん」である。何が無責任だか分からない。

ヤント君のときは、私が援助して、日本へ行かせて、日本語を勉強させることは、準備段階から副社長に報告していました。ディッキ君が辞表を出してきた時は、私が知らないことでしたから、勿論、事前報告は出来ていません。

翌日「太田さんが、仕向けたんじゃないの?」と言ってきた。私は、また、きょとんである。これは、どうも、後から知った話だが、私が援助して、日本へ送り込むという噂を通訳のデウイさんが、報告したのだった。通訳を使う弊害が、ここにもあった。事実無根の噂を平野、信じ込んでしまい、私が、けしかけたと、憤慨したのだった。ディッキ君は、日本語の勉強を日本で二年やっているので、再び勉強でのビザは取れない。また、兄弟が浜松に住んでいて、短期なら何時でも、親戚訪問ということでビザは下りる。他人の援助は要らないのです。そういう事情を全く知らない。また、もし私が援助するなら、ヤント君のときと同じように副社長に準備段階から報告をしています。

寝耳に水の怒りに、戸惑わされた。勿論、ディッキ君も個人面談で否定した。

このことについても、その後全くフォローがなかった。

後日談ですが、ディッキ君は浜松にいる実兄をたよって、四ヶ月ほど日本に滞在し、仕事をしたが、思うような仕事ではなかったためインドネシアにもどった。昨年、10月彼から相談があり、再生ペレットの工場を作りたいが、出来れば援助して欲しいという話があり、援助することにした。一月末までに約2千万円の資本を提供した。

一月中旬にインドネシアへ行ってきましたが、これらのことでした。今月末、オープンの段取りになっている。インドネシア人として、会社設立から、自分でやろうとする人が、やっと育っ

たと、我ながら、喜んでいる。出来るだけ、縁の下で支えたいと思う。

また、スラバヤでも、元、ハリムサクティ(原料商社)のカーター君が再生工場を立ち上げたいというので新工場を見て援助することにしました。ここにも2千万円ほど投資した。もう一つ、お互いの命の恩人Mariaさんがブティックをオープンしたので、そのお祝いにも行きました。ここには500万円ほどの投資でした。私のホビーの数々です。参考のために、Surabayaでは、一泊2千円×2、Bekasiでは2.5千円×2、Jakartaでは戸村さんのアパート、無料×1、の5泊6日の旅でした。自分に金はかけない。酒は飲めないし、タバコもやめた。自分が使うお金は少ない。私の行動やその裏づけの考えや余裕をあなた達には想定できない。

私の行動の何を怪しんでか、I、Hがワルドヨ君を呼びつけて、確認したそうですが、私が不利になるようなことを、もし、あっても言うわけがないと思う。ワルドヨ君、はじめ、数人のインドネシア人スタッフは常時PT.KIIの現状を伝えてくるし、Oさんの立場についても盛んに情報が入る。

 どこに対する、誰に対する責任?あなた達の責任の考え方、向ける顔の方向が私と反対。

全く、仕事嫌いで、動きが鈍い中年男が、インドネシア人の噂を信じ込み、日本人の先輩に憤慨するとは、呆れれしまうだけである。自分を批判するとか、自分より能力が上の人を本能的に排除しようという言動や行動になってしまうのでしょう。