The 11th ACKid 2016/9.17-9.24


LIG INC.
Placeholder image 第11回 ACKid 2016
期間:2016年9月17日(土)〜24日(土)
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
   東京都世田谷区松原2-43-11
  (京王線・井の頭線、明大前駅下車 徒歩2分)
●お問い合わせ先:キッド・アイラック・アート・ホール TEL:03-3322-5564 FAX:03-3322-5676
メールでの予約・問い合わせ:ACKid2020
Placeholder image 9月17日(土)/フラクタルライン・海べの知覚
出演:d.ヒグマ春夫 HIGUMA Haruo(映像・美術)+小松睦 KOMATSU Mutsumi(ダンス)+泉田茉菜 IZUMITA Mana (身体表現)+伊藤幸 ITO Miyuki(身体表現) Placeholder image

宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

後方壁面に大きく、波の録画実写映像が投影される。床には小型モニターが三台横に並び、左右のモニター前にはペットボトルやプラスティック製品のゴミ、中のモニター前には貝殻がオブジェとして積み上げられている。

泉田と伊藤が舞台左右でゴミを加工している。二人の間を縫うように、小松が踊る。後方壁面下部には貝殻が、左壁面にはプラスティックのゴミが、右壁面には壊れた傘が貼り付けられている。 後方壁面の映像はライブに変化する。モニター内ではCGが蠢く。電子音が止まる。泉田と伊藤は立位置を入れ替え、傘を加工、ペットボトルの着色というパフォーマンスを繰り広げる。小松は中央で客に背を向け、体を振る。

小松は床に伏す。立ち上がり、低い姿勢で踊り続ける。後方壁面にはライブと水面の二重投影から、連なる山岳的CGへと変化し、再びライブと水面の二重映しに戻り、森の中で水が入った透明な瓶を映すカラー録画動画となる。

「水は生命の源です」。テロップが流れる。CG、WSの様子の録画、持続する雨のようなイメージと、映像は刻々と変化していく。泉田と伊藤は傘を振り回す、ペットボトルを握りつぶすなどのパフォーマンスを続けている。小松も緩やかに踊り続ける。

「水が命となり、川が命を導く。水は生命の源です」。テロップが流れる。後方壁面の映像はライブと水面の二重映しとなる。泉田、伊藤、小松は立位置を変えていく。水と生命にまつわるテロップが後方壁面に幾つも流れては消える。

ライブと変形された魚のCGが二重映し、水の文様、電車内の窓に映る原初生命体的CGと、後方壁面の映像は目まぐるしく変化する。「原発再稼動」「本当にだいじょうぶ」等のテロップが後方壁面の映像に流れる。

浜辺の動画のソラリゼーション、打ち寄せる波の実写録画、ライブと映像は転換し、後方壁面に投影される。泉田、伊藤はパフォーマンスを、小松はダンスを淡々と続ける。柔らかい曲が流れ、後方壁面の映像は止み、三人がモニターのスイッチを切って、52分の公演は終了する。

この公演の特徴は、何もないことである。目まぐるしく変化するヒグマの映像は、かえって映像の虚構性を強調する。泉田と伊藤によるパフォーマンスに結果は生れない。小松のダンスは浮遊するのみで、自己の表出を行わない。

更にテロップが見る者の瞳に焼きつく。テレビ、インターネット、新聞、車内広告など多元的に展開するテロップが持つ人を惹き付ける広告の力は凄まじい。芸術作品など全く歯が立たない。ヒグマはこのようなテロップを敢えて舞台に投入した。

しかもこのテロップとは、本来商品を売るための過剰な煽り文句であるにも関わらず、この舞台においては、恐らくヒグマ自身の言葉であり、広告としての機能を果たしていないことに注目する。

広告は夢を与える反面、虚構であることが前提なのだが、ヒグマが流したテロップは、限りなく現実であり、本質を捉えている。人間は現実に対して目を注ぐことは中々しない。日々、自己と他者を騙し、共犯として見て見ぬ振りをしなければ社会に生きていけない。

このような日常の中で、ヒグマが制作し流したテロップが持つ破壊力は抜群であった。社会の欺瞞をテロップという虚構によって訴えるという逆説によって、その破壊力は倍増されたのであった。

すると舞台上で現実であるのは、浜辺で拾ってきたゴミと貝殻だけとなる。しかしこのゴミと貝殻も舞台に登場することによってオブジェ=客体と化すのだ。つまり、舞台そのものが虚構であることが前提で、その虚構の中で現実は淘汰される。

淘汰された現実は舞台の中で、演じる者達によっては夢物語となろう。しかし演出するヒグマ春夫はそれを許さなかった。虚構こそ現実であるという逆説を唱えるためである。舞台とは、芸術とは虚構ではなく現実であることが、ヒグマにとって前提なのだ。

ヒグマの芸術はインスタレーションに支えられているが、ヒグマは自らのインスタレーションに映像を投影するだけではなく、今回は特に演劇パフォーマンスとダンス、オブジェと音楽を盛り込んだ。

それによって舞台がオペラ的な総合芸術として昇華されていくのではなく、逆に何者も意味され得ぬ状態にまで追い込んだ訳だ。芸術が現実に対して何が出来るかなど愚問である。芸術と芸術は等価であり。同じ存在であるのだ。

ヒグマの様々な映像はイリュージョンを生み出すのではなく、相互関連性において、見る者は何を考え、何を想像しなければならないのかを考える。そして嘘偽りのない自己へと向き合う決意を重ねる。このように、観客に解釈を委ねるのがヒグマの芸術であろう。

それに対して泉田と伊藤、小松は自らを発露することなく、ヒグマのオーダーを理解し、見事な公演が成立した。演劇、ダンスという棲み分けは必要な時には必要となり、必要ない時には非常時のように総てが無化されるのだ。そこから、現実ははじまっていく。

9月18日(日)/ゴク私的ダンスシリーズ4
出演:d.深谷正子(ダンサー・振付家、ダンスの犬ALL IS FULL主宰)+KO.DO.NA (Trumpet、Electronics)+関直美 SEKI Naomi(美術家)

9月19日(月)/「地震・アメリカ・貧乏神」
出演:d.大谷蛮天門 OOTANI Batenmon(演劇)+吉野繁 YOSHINO Shigeru(チンドン屋 音楽家)+関谷泉 SEKIYA Izumi(パフォーマンス愛好者Performance lover)

9月21日(水)/「ある、これ、いま、ここ」
出演:及川廣信 OIKAWA Hironobu(ダンス)+NECROMIST/ 大野慶人 OHNO Yoshito(舞踏) /ヒグマ春夫 HIGUMA Haruo(映像・美術)/d.宮田徹也 MIYATA Tetsuya(批評)

9月22日(木)/「聴くための砂、観るためのサックス」
出演:d.本多真理子 HONDA Mariko(美術家)+木村昌哉 KIMURA Masaya(サックス奏者)

9月23日(金)
出演:桜井陽 SAKURAI yo(ダンス)+海保文江 KAIHO Fumie(ダンス)+d.桜井ただひさ SAKURAI Tadahisa(写真)

9月24日(土)
出演:d.丹下一 TANGE Makoto(俳優)+花柳輔礼乃 HANAYAGI Sukeayano(舞踊)


同時開催/関直美・個展
会期中併行して、5階ギャラリーで関直美の作品展が開催されています。
(20日火曜日休)

参加アーティスト紹介


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出演: